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言葉の壁を越える甘酸っぱさ


僕は今、あるホテルでアルバイトをしている。

ホテルマンと言えば、身だしなみや接客態度がしっかりしていて、少し固いイメージがあると思う。

だが、僕が働いているホテルはとてつもなく緩く、髪型自由で服装はTシャツかパーカー、フロントでは常時HIPHOPが流れており、接客の仕方もとにかくお客さんに寄り添って友達のように接するということだけで、マニュアルなどは一切ない。

というのも、ホテル利用のほとんどが外国人観光客で、フロントの前には24時間営業のバーがあり、従業員は全てバイトだけでまわしている。

お酒を飲みながらチェックイン対応をするホテルはここぐらいだろう。

こないだなんかはお客さんからマクドナルドをもらったので、ビッグマック片手に接客をした。

お客さんが道に迷っていれば現地まで走って迎えに行ったり、ほしいものがあればおつかいしてあげたり、誕生日だったらシャンパンをあげたり、フレンドリーに接している分、普通のホテルじゃそこまでしないようなことを率先してやっている。

社長がいまだかつてないホテルを作りたかったらしく、そういうコンセプトになったとかなんとか。

とにかく外国人と関わることが多いので、英語を学ぶのにはもってこいの職場だ。

また、20人ほどアルバイトがいるのだが、そのほとんどが英語がペラペラなので、まいにち無料の英会話教室に通っていると言っても過言ではない。

海外旅行に行ったこともなければ英語も全く喋れない、というか日本以外に全く興味のなかった僕は、このホテルのアルバイトをしだしてからというもの、外国の素晴らしさを知り、海外移住を考えるほどにまで興味を持ちだした。

毎日デュオリンゴを開いて自主的に英語の勉強をしているほどだ。

僕がなぜ、ここまで海外に興味を持ちだしたかというと、

「外国人はすこぶる明るいから」

この言葉に尽きる。

外国人はもれなく全員明るくて良い人たちばかりなのだ。

例えば、フロントの前を通る人に挨拶をすると、日本人は無視が多いのだが、外国人は向こうの方から必ず笑顔で挨拶をしてくる。
何かサービスをすると大きなリアクションでとても喜んでくれるし、逆にお返しをたくさんもらうときもある。

英語には敬語がないらしいので、それもあってかみんなフランクで暖かさがある。

外国人のおかげで、人間は明るければ明るいほどいい、明るいに越したことはないということに気付いた。

こんなに明るくて可愛らしい人たちと普通に話せるようになりたい、もっとコミュニケーションをとりたいと思い、英語の勉強をしている次第である。

だが、これがまた難しいこと難しいこと。

中2で英語の勉強をやめ、日本語の機微や美しさを追求してきた僕からすると、理解できないことばかりで、暗号を解読しているような気持ちになる。

でも、ここでめげたら終わりなのが人生。
つたないながらも、僕は積極的に外国人に話しかけ、英語を会得しようとしている。
バイト仲間とも日本語で喋らず、英語縛りで会話をしているぐらいだ。


そんなある日のこと、いつものように業務をこなしていると、あるカナダ人女性がチェックインにきた。

僕がつたなすぎる英語でゆっくりと、宿泊代を説明すると、彼女は優しい笑顔で「Perfect (英語上手だね)」と言ってくれた。

僕はなんて優しい笑顔なんだとほっこりし、元気よく「Thank you!!」と返した。

カナダ人女性はなにかギターケースのようなものを持っており、僕はそれが何なのか、また彼女は何者なのか、根掘り葉掘り尋ねたかったのだが、英語力のなさがゆえ、何も話しかけることができなかった。
こういうときに英語ができれば気楽に話しかけられるのになあと、無力な自分が情けなくなった。

そして次の日、バー利用のお客さんが多く、忙しなく対応していると、昨日のカナダ人女性が一人でバーにやってきた。

僕は勇気を出して話しかけてみた。

「How long stay in Japan?」

すると、彼女は僕でも聞き取れるようなゆっくりとした優しい英語で話してくれた。

彼女は4週間日本にいて、糸島から博多、博多から湯布院、湯布院から京都、京都から東京へと観光してきたらしく、3日後にはもうカナダに帰るとのこと。
その会話から花が咲き、彼女と色々なことを話した。

彼女が持っていたギターのようなものは、実はバンジョーで、彼女は働きながら歌手としても活動しているとのこと。
それから、彼女の住んでいる地域や職業、趣味や好きな映画、今までどんな国に行ったか、日本で何をして何を食べたか、とにかくたくさん話をした。
とにかくたくさん話しすぎて、気付けば5時間以上も経っていた。

彼女と話しているときは、麻雀を打っているときぐらい時間の流れが早く感じた。

その日は笑顔で別れ、僕は朗らかな気持ちで帰路についた。

そして次の日。
僕は、メモ用紙に昨日のお礼を書き、彼女のチェックアウト時に渡すようバイトたちに引き継いだ。
彼女のチェックアウトは明後日、明後日の朝は僕がいないので、他の人に頼むしかなかった。

もう会えないかなと思っていると、彼女はその日もバーを利用しに来てくれた。

昨日のお礼を言うと、彼女からSNSを教えてほしいと言われ、お互いのページを見せ合いフォローした。

彼女は、今日は渋谷のポケモンセンターに行き、その後たこやきを食べてきたのだとうれしそうに言っていた。
僕の好きなポケモンはリザードンで、なぜならお腹が柔らかくて気持ちよさそうだからと言うと、彼女は屈託のない笑顔で笑ってくれた。
リザードンは英語だと、チャリザードということを教えてくれた。

その日も色々なことを話し、会話に花を咲かせていると、彼女がおもむろにカバンからイチゴを取り出し見せてきた。

彼女はイチゴが大大大好きで、福岡で買ったあまおうをうれしそうに掲げていた。
このあまおうを買うために日本に来たと言っても過言ではない的なことも言っていた。
僕は出身が福岡なので、あまおうという偉大なものを生み出してくれてありがとうと地元に向かって感謝した。

その日は2時間ぐらい話し、また明日ねと言って別れた。


そして最終日。
彼女はまたバーに来てくれた。
だが、朝から体調を崩し、今日はどこにも行けなかったと言っていた。
最終日なのになんてことをしやがると、神様に地球投げをしてやりたくなった。

今日で会うのは最後だから寂しいねと、この3日間ほんとに楽しかったと伝えると、彼女は私も同じ気持ちだと言ってくれた。

そして、これをあげると言って、彼女はカバンからあまおうを取り出し僕に差し出してきた。

あんなにうれしそうに掲げていたあまおうをくれるなんて、言葉にならない感動が僕の胸を貫いていった。

あまおうを受け取り、カナダに帰っても元気でねと、また日本に来たら話そうねと、つたない英語で伝えた。
彼女はつたない日本語で、ありがとうと言ってくれた。

彼女は、その日は一杯だけ飲んで部屋に戻って行った。

おそらくまだ体調が優れていなかったのだろう、だけどお礼を言うために最終日もバーに来てくれたのだろう。
そんなことを考えながら僕も帰路についた。


帰ってすぐに食べたあまおうは、とても甘酸っぱい味がした。


そして後日。
彼女からSNSで、僕の手紙を読んだよというDMがきた。

そして「また来年いちごの季節に日本に戻ります」と、日本語の文章で送ってきてくれた。

またたくさん話そうねと、僕も日本語で返信をした。


僕と彼女の間には、言葉の壁はあったものの、そこに国境はなかった。

言葉を伝える想いさえあれば、誰でも繋がることができる、そう実感した。

よし、彼女がまた日本に来るときまでにはもっと英語力を身につけ、もっと自然に話せるようにいっぱい勉強をしよう、よしがんばろう。

そう心に決め、僕は毎日デュオリンゴを開くたび、あまおうの甘酸っぱさを思い出している。

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