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辻潤のひびき「辻潤はアテネ・フランセに学んだか?」

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辻潤はアテネ・フランセに学んだか?

 辻潤がアテネ・フランセで仏語を学んだという記事を Web ページで散見する。それは事実であろうか? 事実ではあるまい、がその答えである。
 辻潤の書いたものには、アテネ・フランセの名は出てこない。それでは、辻潤の著作以外に辻潤がアテネ・フランセで仏語を学んだという証拠があるのか、といえば、ない。どうもこのアテネ・フランセは、岩崎呉夫の『炎の女 伊藤野枝伝』がその発生源であるようだ。伊藤野枝全集には秋山清と瀬戸内晴美の対談が載っていて、その中で瀬戸内晴美は、岩崎呉夫の仕事は堅実だとか何だとか言って居て、自分もその時はそんな気で居たが、改めて『炎の女』の辻潤に関するところを読んでみるとそうではない。大体、明治十七年二月という辻潤の誕生日にしてからが間違って居る。岩崎呉夫はどこからこの誕生日を引っ張り出して来たのか? 『炎の女』にしか書いてないことが幾つもあり、明らかな間違いもある。一々は挙げないが、辻潤が『天才論』を出したイキサツは辻潤の書いていることと異なっているし、上野高女で辻潤が伊藤野枝にシェフトフを教えたというのは間違いである。そして何の根拠も示してはいない。岩崎呉夫の『炎の女』が出たのは、一九六三年で、辻潤のまとまった本と言えば辻潤集の二巻しかなかった筈で、三巻目は終に出なかったという時代だから、資料を集めるのは大変だったろう。菅野青顔の年賦は出て居たかどうか。それにしてもひどすぎやしないか。どうも辻潤に関する本はあちこちで辻潤自身が書いていることと違うことが書かれてあったりして面食らってしまう。著者は、辻潤を直接知って居る人にも会っているから、多分自分の知らないことも色々知って居るのだろうなと思うと、そうでもないようだ。『炎の女』の悪いところは、間違いも自信たっぷりに断定していることだ。知らないことは知らない、推測は推測と書くべきだ。この男はソクラテスや孔子が教えたことを知らないのか。
 『炎の女』は、その後一九七〇年に自由国民社から新装版が出て居る。新装版であるから、内容は変わっていない。何故だ? その間『ニヒリスト 辻潤の思想と生涯』など辻潤に関する本なども出て居る。それが何故反映されないのか? 勿論、筆者にとっては、辻潤などどうでもよいのに違いない。『炎の女』は伊藤野枝伝として、甘粕事件を扱ったものとしてそれなりの評価を受けて居るようだ。辻潤以外のことは言わないが、辻潤に関する限り、岩崎呉夫の『炎の女』はデタラメである。
 こんなことでムキになることはないのかもしれない。昔、高橋新吉が、『歴程』を創刊したのは逸見猶吉で草野心平ではないと新聞に書いているのを読んで、何でこんなことにムキになってるのかなと可笑しく思ったことがあるが、可笑しいことではないのかもしれない。いったん広まった情報は修正が難しいからだ。このアテネ・フランセの件は、こんな風に広がりを見せているようだ(1999 Oct.1 現在)。何となく筒井康隆の小説「デマ」を思い出しちゃうな。

 岩崎呉夫『炎の女』→三島寛『辻潤 その芸術と病理』、玉川新明『ダダイスト辻潤』→PDD 図書館→青空文庫 (Web site)

 筒井康隆の「デマ」は、情報消滅で終わっているけど……。
 辻潤がパリに行ったからと言って、仏語に堪能の筈、仏語を学校で学んだ筈などと思うのは大きな間違いだ。仏語ができないので新聞が読めない、会話はダメだと書いてある。辻潤に常識は通用しないんだぜ。
 自分の調べた範囲は限られて居るから少し早とちりして書き過ぎたかもしれない(自分が調べたことは、辻潤年賦を見れば分る)。その危険性はあるが、辻潤にあまりにも時間を費やし過ぎた。ここでとにかく注意を促しておく。尚、この件では、玉川新明先生にも伺ってみた。先生もアテネ・フランセの根拠は分らないとのことであった。責任をおっかぶせるつもりはないけれど、独断で書いている訳ではないので書き添えておく。

 ついでに岩崎呉夫について書いておく。これは、新装版『炎の女』にあったもの、その他から採った。ここでは勿論この男要注意の意味で書く。しかし、もうお年で存命なのかも分らないから、宣伝ととってもらっても構わない。

岩崎呉夫
1925年 中国蘇州日本領事館に生る
    国学院大学文学部卒
    編集者を経て文芸論家
著書
芸術餓鬼 岡本かの子伝 七曜社 1962
燃えて走れ―“伝説”のレーサー浮谷東次郎 グランド・ツーリング社 1972
家族旅行の楽しみ方 朝日ソノラマ 1975
音楽の師梁田貞―人とその作品 東京音楽社 1977
音楽の師梁田貞―「城ケ島の雨」「どんぐりコロコロ」の作曲者 人とその作品 東京音楽社 1981

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