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私が美容室に行く理由

「10円ハゲできてるよ!」

今年の9月、行きつけの美容室でこう言われた。衝撃だった。

10円..ハゲ..?まさか自分に訪れるなんて。しかもよく見たら、10円どころじゃなくって500円くらいあるじゃないか、最悪だ。

「でも、大丈夫!もう生えてきているからね。気にすることないよ」

美容師の鶴林(つるばやし)さんはそう言いながら私の髪をなでなでしてくれた。
もう動揺しまくっていたし、その優しさになんだか泣きそうになった。

10円ハゲ。名前を聞くだけでどんなものか想像ができる。ぽっかり空いた寂しげな穴。名前だけでもインパクトがありすぎるから、辛い。

10円ハゲ。私は幸いにして髪をめくらないと見えないところにできたから見た目には分からない。ただ、友だちと歩いていて風が吹くと大変。さりげなく位置を変えたりしてなるべくハゲ側を見られないように工夫した。

そもそも私はけっこうストレスを抱え込んでしまうタイプだからそれが積もり積もってこうなってしまったのかもしれない。でもでも、なぜなんでなぜに自分がこんなことに。

でも、鶴林さんに「大丈夫!」と言われるとなんだか心強かった。鶴林さんは私にとって大変信頼のおける美容師さんで、東京に住んでいた頃に通っていた美容室のご縁で奈良に移住してからもずっとお世話になっている。いつもニコニコしていてあたたかくて最高におしゃれでかっこいい。毎回会うのがとても楽しみな、尊敬すべき人だ。そんな人に自信を持って大丈夫と言われているからきっと私は大丈夫だ。

***

それから数ヶ月、私は10円ハゲとともに生活をした。
朝起きて鏡を見てはちらっと髪をめくって様子を伺い、夜はお風呂場で髪を洗うときにそっと触る。見るたび触れるたびに少し凹むけれど、鶴林さんの励ましのおかげでなんとか平静を保つことができた。

10円ハゲとの生活も慣れてきた頃、なんとなく別の美容室へ行ってみた。「ヘアーサロンyamada」という、老舗のくるくる回る美容室。奥から出てきたのは、キャリアうん十年のyamadaさんご本人だった。

yamadaさんは厳しめにしつけする母親のように力強かった。タオルで容赦無く顔や頭をガシガシふくし、血行を良くするためかパンパン叩かれる。コンタクトがずれるほどの激しさに戸惑いながら「実は私、10円ハゲができているんです..」と勇気を出して暴露した。すると、yamadaさん。急にトーンが変わって、

「あぁ、これくらいなら大丈夫!ブラッシングするとき櫛でこの部分をポンポンとしてみたらいいよ」

この、ポンポンは優しくね、と付け加えながら実践で丁寧に教えてくれた。

それからyamadaさんはことあるごとに、「なるようになるから。考えすぎたらあかん」と何度も言ってくれた。自分の経験談もたくさん話してくれた。

それから私は毎晩、櫛で10円ハゲの部分をポンポンとやるようになった。
大丈夫、大丈夫と小さな声でつぶやきながら優しく叩いてみた。

それからさらに数ヶ月。もはや自分に10円ハゲがあることを忘れかけていたときに鶴林さんのところへ行ったらこう言われた。

「10円ハゲ、薄くなってきたね!」

あれから半年。ようやく、落ち着いてきたようだ。嬉しくて、今までのもやもやがスーッと溶けていった。それから、色々な話をした。今年は色々あったから仕事のこともプライベートのことも、いつも以上に話が盛り上がった。抱えていた小さな悩みも少しずつ話せるようになっていた。
帰り道、髪の毛もさっぱりしたからか、気分は爽快だった。

私にとっての美容室、それは心の隙間を埋めてくれる大切な場所。
美容師さんとは定期的に会うわけではないけれど、たまに行く距離感が心許せる安らぎの場所になっている。自分の一部、髪の毛に触れることを通して大事な心のメンテナンスをしてくれる。美容師とお客さんの関係性だけれど、同じ空間をともに数時間過ごすことの積み重ねがあたたかな関係性を育ててくれる。そう考えると私は、髪を切る以上の価値を求めて美容室に行っているんだと今回の事件を通して確信した。

今日、このnoteを書きながら久しぶりに10円ハゲの部分を触ってみたらだいぶ薄くなっていた。またひとつ、大きく成長したみたいだ。

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