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奈良に来てからもうすぐで1年。私に起こった小さくて、大きな変化。

奈良に住みはじめてから、もうすぐで1年。

ふと、この前、関東から奈良に移住した仲間で集まったときに「建築」の話で盛り上がった。

少し歩けばいたるところにある神社やお寺。
国宝級の仏像もわんさかある。

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何百年もの歴史を超えて佇ずむ木造建築。

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触れると厚くて大きくて、圧倒的な重みを感じる。

それは、物理的な重みと時間的な重み。
まだ機械がない時代に、いったいどうやってこんなに太い木を運んだのだろう、と昔の人の果てしない苦労を感じて同情する。


街並みもおもしろい。
家やお店も瓦屋根や木造でできたところが多くて、いわゆる「古民家」がたくさんある。

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奈良にきたばかりの頃はもの珍しくてパシャパシャ写真を撮っていたなぁ。そういえば、通っている美容院も、よく行くうつわ屋さんも、木造建築だ。

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こういうものを毎日見るようになってから、明らかに自分のなかで選び取るものが変わった。機能だけを見て衝動的に決めるのではなく、ひと呼吸を置いて「自分にとって心地いいか」を考えることが、迎え入れるときの絶対的な基準になった。

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去年の年末に大きな松の木の棚を買った。

この棚には、季節の花や好きなものを置いて楽しんでいる。

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うつわの角度を少し変えてみたり、本の数を減らしみたりとちょっとした微調整を毎日の生活の中で少しずつやっては楽しんでいる。

カーテン越しに入ってくる柔らかな光もお気に入り。

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ここは寝室なんだけど、カーテンが気持ちいいから読書もよくしている。

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洗濯物を畳んだり夜な夜な筋トレに励む部屋でもある。
来客があったらここで寝てもらいたいな。

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いったい誰がこんな暮らしを想像できただろうか。自分で自分にびっくりである。

1年前に東京にいた頃は、ネットで買ったお手頃な家具に囲まれていた。つるんとした素材で、パキッとした白色ばかり。カーテンは遮光度が高くて外の光はいっさい入ってこない生活だった。

うつわだって、今は作家ものばかりだけれど、数年前は100均で買ったもので溢れていた。スプーンはちゃんとすくうことができればいい、どんぶり皿はラーメンの汁までたっぷり入ればなんでもいい。そういう基準で生きてきた。

住む場所が変わって、見るもの・触れるものが変わると、心が反応するところが変わる。そうすると、選ぶものが変わって生活が変わる。

そんな自分に起きた小さくて大きな変化をぼんやりと考えていたら、ちょうど塩谷さんが同じような内容のnoteを書いていて、激しく共感したのです。

特に共感したのは、「ひとまず、真似をしてみる」という部分。私も最初はそうだった。

家具をかうとき、お手本にしたい人の意見をたくさん聞いておすすめされたところで買い揃えた。うつわも、そう。棚に置く余白の取り方も好きなお店の写真をみては同じように真似をしながら、だんだん自分のスタイルができてきた。

そして、何より大事だなと思うのは、今日は光の入り方がきれいだな、とか、入ってくる風が気持ちいいな、とか毎日毎日心が動かされる瞬間をキャッチすること。それに反応して行動を起こしていくことで、「センス」って少しずつ磨かれていくんだろうなぁと。

変えたい、変わりたい。強く願えば、少しずつ実現していくものだってここへ来てから教えてもらった気がする。
2年後、3年後はどうなっちゃうのかな。理想の自分を思い描きながら、これからも暮らしを楽しんで生きていきたい。

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