見出し画像

ラスボスが高人さんで困ってます!1

突然の雷と暴風、そして豪雨だ。
西大陸ミストルの冒険者であるジュンタは、北大陸の遠征依頼のために同じ目的地であった商船に乗船させてもらっていた。

先程まであんなに晴れた星空だったのに。

船は激しく揺れ、甲板では波飛沫が立ち登り、慌ただしく船員達が動き回る。前方から大波が押し寄せては船が浮き上がり勢いよく水着する。
「何かに捕まれ!!落ちたら助からないぞ!!」
誰かが叫んだ。
豪雨に打たれて視界を遮る髪をぐっと掻き上げる。服も髪も桶の水を被ったように一瞬で水浸しになってしまった。俺は近場の手すりに捕まり周りを見渡す。

いったいどうしたと言うのだろう。

走っている船員の腕を掴み引き寄せる。
「これは一体なんですか、」
「船がヘルクラウン海域に近づいたせいで嵐に巻き込まれちまったんだ!ヘルクラウンは年中激しい嵐だ。早いとこ抜け出さねぇと船が沈む!」
男はそれだけ言うとまた走り去ってしまう。

ヘルクラウンとは世界の中心にある人を寄せ付けない島として有名な場所だ。

「こんなにいきなり天候が変わるのか…」
ふと前方の空を見ると、稲妻が走る雲の中を何かが飛んでいるのが見えた。海獣のような…。魔物だろうか…。雨で視界が悪く目を凝らす。
「あれは…」

「あぶねぇ!!デカいのがくるぞ!!!捕まれー!!」
また船員が叫ぶ。
前方を見ると一際大きな大きな波が押し寄せ、その波に乗り上げた船が大きく跳ねると、勢いよく水着した。同時に大量の海水が甲板に押し寄せ、海水を頭から被る。
「くっ!」
水の重圧に耐えた直後に悲鳴が聞こえてそちらを見る。
先程状況を説明してくれていた男が今まさに手すりを乗り越えて落ちる所だった。
「うわぁぁぁあ!」

「ちっ…」
俺は一気に走り出した。
船から飛び降り、落ちた男を掴むと、腕に意識を集中させ、男を一気に船へ放り投げる。
着水する瞬間、男が甲板から落ちた俺を探す姿が見えた。
ホッとする。人生最後の瞬間に人助けができて良かった。…という事にしよう。

ここで死ねば、運命というやつからも逃げきる事ができるだろうか。そんな事を思いながら、暗闇の中、荒波に飲まれて俺は意識を失った。


――――――――――――


やれやれ…やっと雨が上がった。

雨上がりの朝、雨戸を開けながら西條高人は1人ため息をついた。黒髪に青水晶のように透き通る角の光がキラキラと反射する。希少種族の竜族である証の角だ。ここ東大陸の瑞穂国は数は少ないが多種多様な亜人族が住む大陸である。
魔力に長け精霊と対話ができる者も多く、太古の昔から目に見えない者達を敬い大切にしている土地だ。

神域の悪天候は、この大陸にも影響が出る。特にこの時期になると西から吹く風に乗って雨雲がここまで届く。初夏の風物詩、梅雨というやつだ。

縁側の戸をガラガラと開けていると、村の子供がバタバタと走って庭に入ってくる。

「先生ー!たいへんだよ!」
子供が縁側までやってきて言った。犬のような耳をした獣人の子は息を切らして俺を見上げている。
「こら、颯太、その前に言う事は無いのか?」
俺が腰に手を当てて、ジト目で子を見つめていると、颯太はハッとして姿勢を正した。
「先生、おはようございます。」
「はい、おはよう。で、どうしたんだ?」
ぺこりと下げた頭が可愛らしい。
ふふっと笑い挨拶を返すと、颯太の要件を聴いた。
「で?どうしたんだ?」
俺は縁側に座り、颯太と目線を合わせて聴いた。「あ、あの、怒らないでね?」
「なんだ怒られる事でもやったのか?」
きょとんとする俺を見て、一瞬口篭ったがすぐにまた俺を見上げ意を決したように口を開いた。
「浜辺で遊んでたら…」
ピクリと眉根を上げるが話は遮らずに続きを聴く。波の高い荒れた日は浜で遊んではいけない事になっている。嵐の日の翌日など特にだ。
「浜辺で、どうしたんだ?」
「…人間が打ち上げられてた。」
ビクリとした。人間は瑞穂国をヘルガルド…死の国と呼び、颯太のような獣人は魔獣と同等に扱う。とても危険な種族だ。
「他の子は浜辺には行ってないか?」
「うん。僕だけだった。」
「そうか。浜辺に行ったのはいけない事だぞ?でもすぐに知らせに来てくれた事は助かった。」
「ごめんなさい。」
しょんぼりと垂れた耳で謝る颯太の頭を撫でてやる。
「後は先生がなんとかするから、颯太は家に帰れ。分かったか?」
「分かった!先生またね!」
手を振りながら可愛らしく走り去る颯太を見送ると、俺は羽織を着て村の近くにある浜辺へと急いだ。



海の向こうはどんよりと曇り、時折雷鳴が聞こえる。
浜には木の板や木屑、ロープなど船の残骸が流れ着いていた。俺は颯太が言っていた人間を探す。

あわよくば死んでくれていたら…楽なのだけど…。

いつもより激しい波の音。白波がつぎつぎと押し寄せては引いていく。しばらく歩いているとそれらしき男を見つけた。打ちつける波が運んできたのであろうそれは、身体半分は海水に浸かり、倒れて気を失っているようだった。血色は良いので死んではいなさそうだが…。
「……。」
ゆっくりと近づき、口元に手を当てると、微かに呼吸がある。生きている。見たところ武器などは持っていないようだ。
ほどよく筋肉のついた身体は、冒険者のようだなと思った。俺は男の両脇を抱えるとあズルズルと海から引き上げる。
「おっも…!」
下駄だと足が滑るっ!
「うわぁ!?」
どうにか海から引き上げた所で案の定足を滑らせ尻餅をつく。
男は起きる気配が無い。落としてしまった所が砂で良かったと苦笑する。
座り込んで、男の顔をまじまじと見る。
「ふーん。いい顔してんな。」
砂浜で空を仰ぎ寝ているようだ。容姿は整っており亜麻色のキラキラとした髪がとても似合っている。まるで西大陸の神の使いのようだ。天使と言ったかな?
「はぁ…」
なんだか運ぶのも億劫になりパタンと砂浜に倒れ込み空を仰ぐ。海の向こうは雲が立ち込めているが、頭上は晴れて気持ちがいい。

「どーすっかなぁ。」
とりあえず、幻術で角を猫族の耳に変える。獣人が相手ならコイツがどう出るか分かり易いだろう。起きた時に、敵意があればそれなりの対処をすれば良いい。
隣で気を失ったままの男の胸に耳を当てて鼓動を聞いてみる。トクトクと規則正しく穏やかな音がする。これなら大丈夫だろう。

顔を上げて、亜麻色の綺麗な髪を髪をサワサワと撫でる。今は海水に濡れてベトベトになっているけれど、綺麗にすればきっとふわふわだろう。

「ほんと、見た目以外なんにも変わんねーのになぁ…」

人間は亜人を魔族と呼び迫害する。俺たち竜族は代々この土地を収める長を担っており、今代は俺だ。そして代々の長の事を人間は魔王と呼び、討伐対象としていた。竜族は全ての種族の中で最強の種であり、それゆえ出生率が限りなく低い。俺は黒龍族で最後の一頭になってしまった。
他の竜族も里に残った者は狩られ続け里に残る竜は俺1人だ。代々魔王として、子孫を残す暇も無く人間に狩られ続けた結果、竜種は絶滅の危機に瀕している。

人間を恨んでいるかと言われたら俺はそうでもない。世界にとっては必要な事なのだろう。
いくらこの大陸から出ないと言っても、他国を一頭で滅ぼせるようはバケモノがいるのだ。俺たちがどこかの国と友好関係を築いたとして、それが平和の道に繋がるかと言われたら答えは否だ。
現在の状況では魔王を悪として、他国が手を取り合っている状況が1番手っ取り早い平和への道だった。
世界の事を考えるならば…だ。
それが1番の平和への道なのは分かっている。
長になりうる竜族達は理解しているのだ。
これが最善なのだと。
だが、亜人種全てがそうではない。大半が人間を怖がり嫌い憎んでいた。だから、魔王は簡単にやられる訳にはいかないのだ。この大陸に生きる者の負の感情…敵意を外の世界に放たないために。

「難しいんだよ…ったく…。次の長候補もいねぇし…。」
さわさわと海の風が頬を撫でる。ぼうっと海を見ていると、横の男がぴくりと動く。
気付いたか…さて、どんな奴かな。妙な真似したら爪で引き裂いてやろう。

「…っ…こ、こは…」

「おぅ、起きたか?」
ああ、瞳はエメラルド色だ。なんて綺麗なんだろう。
龍は宝石に目がない。うっとりと見つめてしまう。

男は横たわったまま、俺の事をじっと見ている。
「…あなたは…」
ひどく声が掠れている。本人も驚いたようで、はっとして喉に触れる。
「ちょっと待て」
俺は、手のひらを丸く器のようにする。
「―"水の精霊、その清らかなる朝露の一滴を我が手に"―」
小さく言葉を紡ぐと器のようにした手から湧き水のように水が溢れてくる。
「飲めるか?」
魔族の作った水だ、嫌がるかもしれないと控えめに勧めると、男は少し起き上がり俺の手に自分の手を添えるとゴクゴクと水を飲み始める。
「はぁ。ありがとうございます。」
男はまた砂浜に倒れ込み大きく呼吸する。
「俺、生きてますね…。」
「そうみたいだな。」
横に座ったまま水の付いた手をぱっぱと払う。敵意は無さそうだ。人間なのに亜人種に偏見は無いのだろうか。
「今のは、魔法ですか?貴方は猫族?…ここは、ヘルガルド…?」
顔だけこちらに向けてじっと見上げて、沢山質問してくる。まるで子供達のようだ。可愛くて笑ってしまう。
「ああ、そうだな。厳密に言うと精霊魔法だ。俺は見ての通り猫族で、ここはヘルガルドで合ってるぞ。」
全部答えると驚いたようにこちらを見る。猫族だけは嘘だけど。さすがに竜族とは言えないからな。
「魔法か…初めて見ました。」
「人間には魔力は無いだろう?」
「そう…みたいですね。あの、お名前を聞いても?」
こいつは魔獣に名前を聞くのか…。酔狂なやつだ。
「高人。」
「タカト?」
ああ、そうか、文字が違うんだったな。
名前の雰囲気も、西と東でだいぶ雰囲気が違う。
俺はその辺の木の棒で浜辺に名前を書いてやる。
ミストルの文字と、瑞穂の文字で。
男は、またゆっくり身体を起こして興味津々に文字を見た。

「こう、書く。」
「高人さん。ですね。」
男は嬉しそうに笑う。

「お前の名前は?」
「ジュンタっていいます。」
「響きがここの名前と似ているな。」
俺はこちらの文字で、ジュンタを色々書いてみる。
「いろんな字があるけど…」
順太、淳太、…准太、順太…また砂浜に書いていく。
「あ、俺、この字知ってます。」
"准太"を指差して言った。…見た目は西の大陸の容姿だ。なぜ東の大陸の名前に似ているのだろう。
「ファミリーネームはなんて言うんだ?」
「…フローレス」
やっぱり西の大陸か。不思議な事もあるものだ。もしかしたら血筋に亜人族が居るのかもしれないな。
亜人種は長命な種族も多い。竜族は1000年以上も生きる。外で生きてる個体も0ではないのだ。
「あの、助けてくれてありがとうございます。」
「ん?ああ。」
なんだ子犬みたいなヤツだな。
「人間が流れ着くなんて大事件だからな。」
「大事件なのに、1人で来たんですか?」
ジュンタは驚いたように俺を見る。
「あ、ああ…俺が1番人間に詳しいから。」
魔王だから。なんて言えないよな。
「お前、職業は何をやってるんだ?」
「え…っと…料理人…です。あと少しですが、テイマーとしての素質もあるって言われました。まだ契約はした事ないですが。」
ジュンタは困ったように笑う。なんだ、警戒して損したかな?
テイマーか、だから亜人種に偏見が少ないのかもしれない。テイムは両者の同意が無いと成立しない。まぁ大丈夫だろう。

「お前、うちに来るか?」
「え、いいんですか?」
驚いたように俺を見るジュンタにニコリと笑いかける。
「いいもなにも、行くところ無いだろ?このままウロウロされても困るしな。」
「あはは。そうですね。お騒がせしてすみません。」
ジュンタは苦笑して、ポリポリと頬を掻く。

でも念には念を…だな。

「村に入れるようにしないとな。そのままじゃ人間臭いから皆が怖がる。」
俺は自分の腕を出すと血管に沿ってツーっと爪を這わせる。爪が通った箇所から血が流れはじめる。

髪を少し切り手のひらに乗せると魔力を込める。
シュルシュルと血液が手のひらに集まり結晶化していく。血は俺の力そのものだ。髪はミスリルのように魔力を通す。切った髪は鉄のように溶け、結晶化した赤い石に纏わり付いて小さな赤い石のピアスになった。
「…腕、大丈夫ですか?」
「すぐ塞がる。ほれ、これつけろ。」
「…ピアス?」
「あ、だめだったか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」
ジュンタはピアスを受け取ると、まじまじて見つめる。よほど物珍しいのだろう。
「これなら無くさないだろ?それを付けてれば、人間の気配は無くなる。ここに居る間だけつけてろ。」
ジュンタはピアスを左の耳につける。
「似合ってますか?」
にこりとジュンタが笑う。
「今から魔族の村に行くってのに、お前は呑気だな。似合ってるよ。」
面白い人間だ。亜人を怖がらない。
「あとは仕上げな。」
ジュンタの両耳を俺の両手で優しく包むとふわりと魔力を流し込む。すると、両耳が消えて、ピョンと頭から狼の耳が生えてきた。
「わぁ…すごい…俺亜人族になれたんですか?」
「見た目だけな。人間を嫌う者は多いから。」
ジュンタは少し寂しそうに笑う。
「そう…ですよね。…尻尾はつけないんですか?」
興味津々で俺の顔を覗き込む。
「あ、ああ、そうだな。尻尾も作るか。ちょっと腰上げてくれるか?」
「こうですか?」
ゆっくり膝立ちなってくれた。魔力を通すには、素肌に触れないといけないのだが…。
「…その、ズボン緩めてくれ…触れないと術が成功しないんだ。あっち向いてるから」
妙に恥ずかしくなって少し目を逸らす。なんだか、クスリと笑われた気もしたけど、気にしない事にする。ベルトを外す音と少しの布擦れの音がする。
「これでいいです?」
「うん、ちょっとそのままで。」
見ないように腰に手を当て、尾てい骨まで手を這わせる。
魔力を素肌に通して、ジュンタの感情と意思で動くように設定した幻術をかけやる。フサァっと亜麻色の長い毛並の尻尾が現れた。きちんと触れられる。もふもふの尻尾だ。パタパタと楽しげに揺れている。
「よし。いい感じだな。」
満足げに笑う。すると、ジュンタが恥ずかしそうに自分の尻尾を見ていた。
「気に入らないか?」
きょとんとしてジュンタを見ると、ふるふると首を振る。
「そうじゃなくて、その…これ、感情に左右されますね…。嬉しいの丸わかりで…」
「犬はそんなもんだろう?」
ふふっと笑うとジュンタも嬉しそうに笑った.
「そうですね…。拾われたのが、貴方で良かった。」
見知らぬ土地で1人で不安だろうと思ったが、意外と平気なんだな。俺は困ったように笑い、彼の頭をふわふわと撫でてやった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?