ラスボスが高人さんで困ってます!41
ここフィノスは、ミストル王国に三つある商港の内で最も王都に近い港だ。陸路の最短という事もあり、その規模は大きく沢山の商船がこの港に入って来た。
食事を終えて、高人さんの要望に応えて海に程近い露店街に入り、あれこれと甘いデザートを食べ歩いた。
南や北の地の菓子やこの国発祥の菓子なと少しずつ買っては味見をしてまわり、一番気に入った洋菓子を袋いっぱいに買い旅のお供にする事にした。
「あー美味しかった!ありがとうな!チュン太!」
すっかり機嫌も直った彼の後を、俺は付いて歩く。
「お気に召した様で良かったです。」
「しかし、本当に色々な菓子があるんだな。前に来た時はスイーツなんてある程度裕福な者しか食べられなかったけどな。」
「ここ数十年で海路がかなり融通聞く様になりましたからね。ここは特に海路の中心なので色々集まるんです。」
「へぇ、人間は、本当に凄いな。」
先を歩いていた高人さんは静かにそう言った。
「高人さん?」
少しその声に寂しさを感じ、駆け寄るように彼に走り寄る。
「お!チュン太!この先なんか開けてるな!何があるんだ?」
そう言い俺を振り向いた彼はいつもの彼だ。
きっと色々と思う事があるのだろうに。俺達人間族は亜人を虐げてきた種族なのだから。
俺はニコリと微笑み彼を見た。
「その先は海です。ちょっとした広場と防波堤があるだけですよ。もし船が見たかったらもう少し北に行くと停泊中の蒸気船とか見られますけど。」
そう言うが、高人さんは首を振る。
「いや、まずは何も無い景色を見たいかな。」
そう言うと、建物で影っていた通路が開けて、日向に出た。石畳を蹴り、高人さんは走って海を見にいく。
「あ、高人さん?!」
急に走り出す彼の手を掴もうとして、掴みそびれてしまう。防波堤で休んでいた海鳥達が彼と俺の間を遮るように一斉に飛んでいく。
俺は目を見開いた。
彼が見えなくなる気がした。どこかへ行ってしまう気がして、足を止めて彼を掴みそびれた手で、苦しくなる胸を無意識に掴んだ。
「あはは!おいチュン太!見てみろすごいぞ!」
高人さんは少し離れた場所でこちらを振り返り、笑いながら飛んでいく海鳥を見上げた。
鳥達が何処かへ行ってしまった後、高人さんはキョトンと俺を見つめた。
「どうしたんだ?」
俺はハッとして彼に走り寄る。
「あはは。なんだか高人さんが居なくなっちゃう気がして、不安になっちゃいました。」
そんなわけ無いのに。ずっと一緒に居るって約束したし、そういう計画も立てている。
彼は案の定苦笑して俺の顔を覗き込んだ。
「ったく。発情期に入って情緒が安定しないんだよ。お前が来るの嫌がってた土地だしな。それでだろ?」
高人さんが俺の頭に手を伸ばして、髪をふわふわと撫でてくれる。
「大大夫だ。居なくなったりしないから。」
そんな彼を俺はゆっくりと抱き寄せ、彼の首筋に顔を埋めた。
「俺のそばにいてください。」
「わかったよ。」
「離れないで?」
「分かった分かった。離れねーよ。」
ふわりと香る彼の匂い。離れ難い泣きたくなる程に甘い匂い。
ずっとこうして居たいけどそう言う訳にもいかない。
俺は彼から離れてにこりと笑う。
「もう大大夫か?」
「はい!落ち着きました!」
そんな俺を見て高人さんは穏やかに微笑んでくれた。
「そうか。なら良かったよ。ほら、行くぞ。」
高人さんは手を差し出してくれる。その手を握ると、彼は俺を連れて防波堤の方に歩いていく。俺の事を考えて手を引いてくれている。その手は温かくて心までも包んでくれる。
愛しくて愛しくて、溢れてくる想いに真っ直ぐ彼の後ろ姿を見つめた。
防波堤は大人なら海を見渡せるくらいの高さだ。
「おー。海だなぁ!」
「綺麗ですね。」
高人さんは秋の柔らかな陽に煌く大海原を見つめていた。海風もさほど強くない。気持ち良く過ぎ去っていく。防波堤の下はゴツゴツとした岩が剥き出した波打ち際になっており、波が穏やかに打ち付けていた。
俺には腕を置いてもたれ掛かる事も出来るが、高人さんには高さが合わなかったのか防波堤に登り上に座った。
「おぉ――。遠くまでよく見える!」
「あ、危ないですよ!高人さん!」
「心配性だな。その過保護も発情期のせいか?」
オロオロとする俺を、高人さんは面白そうに笑い飛ばす。
「もうすぐ内陸に行くんだろ?折角だからもう少し見てたいんだ。」
そう言って防波堤に膝を立て座り込むと、光の加減で焦茶に見える黒髪を靡かせて水平線をジッと見つめた。
「なぁチュン太。」
「はい?」
「俺の国も、いつかこうして水平線を眺められる様になるかな。」
迷いの霧に包まれた瑞穂の国。霧は大陸を守る結界だ。それが晴れるという事は、結界を解き無防備な状態になると言う事だ。現状はそんな事をすれば、人間達は必ず亜人狩りにやって来るだろう。未知の大陸は人間に占領され蹂躙される。現時点では結界を解くなど無理な話だ。けれど……――。
「そうですね。長い時が必要かもしれませんが、絶対出来ますよ。」
「亜人と人間が平和に暮らす世界。俺の理想は多種族がいがみ合う事無く共存できる世界だ。俺いつか俺はそれを成したい。」
勇者を恐れ、死に向かって生きていた不安げな彼の瞳は、今や力強く水平線を見つめていた。その横顔に見入ってしまう。
彼は龍王と呼ばれるに相応しい。この人の為なら死ねるとさえ思える。それは愛情だけではない。もし俺が騎士道に生きていたなら、彼の前に膝を折り忠誠を誓い剣を捧げていたに違いない。
「高人さん」
俺は下から彼を見上げて名を呼んだ。すると深海のような深い蒼が俺を見下ろす。
「なんだ?」
陽の下で俺を見つめる彼はゾクリとする程に美しかった。
「貴方の理想のために、貴方の為に、俺が出来る事はなんだってさせて下さい。俺は常に高人さんの近くで貴方を支える存在ですから。」
そう言うと、高人さんは少し泣きそうになりながら、歯に噛むようにニッと笑った。
「ああ。頼む。」
個人としてどんなに強かろうと国家には敵わない。俺という個人は集団の中では小さな存在なのだ。
俺はがいくら「勇者にはならない」と叫んだとしても、その声が人々に届く事は無い。
世界が俺に勇者を強要するのなら、俺は彼のための……、平和を望む魔王のための勇者になる。俺はそう、自分の胸に誓ったのだった。
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