見出し画像

ラスボスが高人さんで困ってます!29

翌日、朝起きるとチュン太の姿は無く、俺は慌てて飛び起きた。

「いた……っつ……アイツほんと手加減覚えろよ……」
昨晩は、抱き潰されるかと思う程激しく抱かれてしまった。
腰を抑えて摩りながから自分の着物を見ると、脱がされていた着物はきちんと着せられており、下半身の気持ち悪さも無かった。
チュン太が綺麗にしてくれたのだと直ぐに分かる。こういう丁寧さが、愛されているなと分かってしまい毎度顔が熱くなるのだ。

着物の隙間から、彼につけられた赤い跡が見える。それを見ると、欲情し射抜く様に見つめる若草色の瞳を思い出して、ドキリとし、また体の芯が熱くなってきた。

あんなに抱かれたのにまだ足りないのか。

「死が近いから本能的に……かな。」
俺の中に溢れるほどに放たれた欲望も、命として俺に宿った気配は無い。

「往生際が悪いな……。」
ふっと寂しげに笑うと、ヨロリと立ち上がり部屋を出る。すると土間の方から、トントントン……っと包丁で何かを切る音がした。ふわりと味噌の良い香りが香ってくる。

茶の間へ入り、そこから土間の方へ行く。
「チュン太?」
土間には降りず、キョロりと炊事場を覗き込んだ。

「あ!高人さん、おはようございます。起きてきたんですか?寝てて良かったのに。身体を辛くないですか?」
チュン太はひょこりと土間から顔を出す。少し驚いたように俺を見ている。
「昨日の今日で、朝起きてお前が居ないから、心配にもなるだろ。」
「あはは、すみません。」
俺はチュン太を見下ろしそう言うと、彼は恥ずかしげに笑っていた。昨日の影のある表情ではない。よく分からないが吹っ切れたのだろう。
「大丈夫ならいいよ。」
俺はホッとした様に息をつく。

チュン太は茶の間に上がってくくると、座卓の前に座布団を敷いてくれる。
「朝も寒くなってきましたね。ご飯もう少しなんです。座っててください。今、熱いお茶淹れますね。」
足取り軽く湯の準備をしてくれる。

土間では、火を焚く、パチパチという音がし、格子窓の朝日が差し込み、湯や米を炊く湯気が朝日を反射して、まるで林の霧深い山の朝のように神秘的に陽の光を浮かび上がらせていた。

米の香りに、炭火の香り、煮炊きする野菜に味噌の香り。チュン太が来てから当たり前になった賑やかな食卓。

座卓の前に座り出されたお茶を一口飲む。
茶葉の香りが鼻を抜け、ほうと息を吐いた。
チュン太は俺の前に座り、そんな様子を幸せそうに見つめている。

「ん?どうした?」
キョトンとする俺にチュン太はふふっと笑う。
「いえ、やっぱり好きだなぁって。」
「……な。」
俺は顔を赤らめて視線を外す。いつもはぐらかしてばかりの俺は、今がチャンスだと勇気を出してい口にする。
「お、俺も……す……き。」
チュン太は目を見開いて俺を見つめる。
「高人さん、もっかい!!」
ガバッと座布団の上に押し倒される。持っていた湯呑みから手が離れてしまう。

「ばっ、お前……!お茶こぼれた!」
「俺がちゃんと持ってますから。ほら。」
チュン太は手にした湯呑みを見せて、卓の上に置き、俺を畳に組み敷いてしまう。
「ねぇ、もう一回、もう一回お願いします。」
「……す、好きだよ。……って、初めてでもないだろ?」
「はい。俺も大好きです。」
好き、を聞いた瞬間、彼は嬉しそうに笑う。そして首筋に顔を埋め、ちゅっちゅっとキスをされる。
「……貴重ですから。高人さんの"好き"って言葉。」

チュン太の手は俺の着物の裾にかかり脚を曝け出していく。

「……あっ!こらっ真昼間から何してんだ!」
また、チュン太の様子がおかしい気がする。いつもなら、愛し合った次の日は俺の身体を気遣ってくれるのに。
「チュン太!おい、どうしたんだ??」
「沢山しないと赤ちゃんできないんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
チュン太はじっと俺を見つめる。
「……俺も欲しいです。貴方との子。」
チュン太から、そう言われたのは初めてだったので、俺は目を丸くする。彼は、俺に合わせてそう言っていただけだと思っていたのに。
「急にどうしたんだ?」
彼は答えずに、俺に優しくキスをする。額に頬に、唇に。触れるだけの優しいキスだ。本当に急で疑問符ばかりが浮かんでくる。
「こら、チュン太!ちゃんと言葉にしろ!」
何も言わずに甘えてくるチュン太の胸を押して身体を離そうとすると、彼も俺の抵抗を受け入れ身体を押されるままに離してくれた。
彼は俺か視線を逸らし、何かを迷うように揺れている。

俺はチュン太が心配で、彼の顔を覗き込む。
「何か、思う事があるなら言ってみろ。」

チュン太は、しばらく考え、意を決したように俺を見つめる。心なしか手が震えている気がした。

「…………俺っ……俺は……――――ッ」
チュン太が苦しげに何か言おうと口を開く。
俺は彼の言葉を待ち、じっと彼を見つめた。
その瞳と視線が重なると、何かに怯えたように、はくっと声が出なくなってしう。そしてまたグッと口を噤んでしまう。

「……チュン太??」

彼はずっと何かに怯えて思い悩んでいたようだった。今もそうだ。その"何か"を教えてくれようとしているのかもしれない。そう思った。

俺は、彼が言いたく無いのならそれで良かったのだけど。
彼がそれを打ち明けたいというなら、俺はそれを受け止めたい。

「チュン太……。」
俺は彼を見上げ髪を撫でてやる。彼はされるがまま、助けを求めるように俺を見つめてくる。

「お前が何を隠しているかは分からないけど、どんな内容でも俺はお前を受け入れてやる。困った事なら一緒に考えてやるよ。言ってみろ。」

チュン太は、泣きそうになりながら、俺に覆い被さり強く抱き締めてくる。

「…………勇者……なんです……。俺が……っ……ッ。」

俺は目を見開く。言葉が、見つからない。

勇者って俺を殺しにくる……勇者?

「いままで……黙っていてごめんなさい……。」
彼は、身体を震わせ俺を抱きしめる。時折嗚咽が聞こえ、ごめんなさい、と何度も何度も謝ってくる。

……いや違う……。
彼が勇者だとしても、俺の恐れた勇者とは違う。

数ヶ月の彼との思い出は、笑って、泣いて……喧嘩もして、沢山心を通わせたそんな大切なものばかりだ。
愛しげな笑み、俺を気遣い、支えてくれた。一緒に祭りを見たり、贈り物を作ってくれた月夜はキラキラと舞う綺麗な糸や彼の柔らか笑顔を見つめて幸せだった。俺を伴侶だと言ってくれた。帰ってこない俺を探して迎えに来てくれた。俺が攫われた時はすごく怒っていたけれど、それも俺のためだ。死ぬために生きていた俺を愛してくれた、たった一人の人、それがチュン太だ。

そのチュン太が勇者で……俺を殺す存在。

大丈夫。彼が勇者なら怖くない。むしろ……。
彼が、1人怯える姿が心配でならない。

俺は、きゅっと口を結び、気合いを入れる。
「チュン太、大丈夫だから泣くな。」
俺に抱きついたまま離れない彼の髪を撫で、背中も摩ってやる。

「チュン太が勇者でも、チュン太はチュン太だろ?」
チュン太は小さく頷く。
「なら大丈夫だ。それに、対決前に今後の話ができるって凄い事だじゃないか。」
俺は明るく彼の背中をポンポンと叩く。すると、彼はムクリと身体を離し、俺を見つめた。
瞳は涙で濡れている。
「俺が勇者でも……今までみたいに好きでいてくれますか?」
ああ、お前も怖かったんだな。俺は愛しげに彼の頬を撫でた。

「当たり前だろ。チュン太はチュン太だ。」
「ありがとうございます。」

チュン太はホッとしたように言う。それを茶化すように俺はニヤリと笑った。

「まぁでも、出会い頭に勇者だって言われてたらどうなってたか分からんな。つまりお前の作戦勝ちだ。」

俺がクスクスと笑うと、チュン太は力なく苦笑し、俺に抱きついてきた。
「はぁ……良かったァ。」
そんな彼の背を撫でながら俺は思う。

けれど、彼が勇者か……そうか。
知らないうちに……寝食を共にして、魔法を教えて、愛し合って、契約なんかもして。
俺は知らなかったとは言え、勇者をこんなにも懐に入れていたのだなと思うと自分に呆れてしまう。

だが勇者だと言われたら、驚くと同時に、ああなるほどなと納得もしてしまった。
それほどの能力と、カリスマ性ががあるからだ。
もし子が出来たら、俺が討たれた後に、その子と瑞穂の国をお願いしたかったのだが、これでは無理そうだ。

「しかし、そうか、勇者か。じゃあ、お前と闘う事になるのか。」
彼の頭を撫でながら俺はポツリと言う。
「高人さんを殺すくらいなら、俺が死にます。」

チュン太はガバッと起き上がると俺を見て真剣に言った。俺は、呆れたように彼を見る。コイツの言動の意味をやっと理解したからだ。

「ったく。だからお前、死ぬ死ぬ言ってたのか。」

「はい……。」
チュン太はしょんぼりと頷いた。まったく。肝心の部分を教えてくれていなかったので、毎度何事かと思っていた。
「本当は、勇者だって事、言わないつもりだったんです。ずっと隠してここで暮らしてれば運命から逃げられるって逃げ切ってやるって思ってたんですけど……。いつ運命に絡め取られてしまうんだろうって。」

なるほど。
「……それで、俺がミストルに行こうとか言い出したから、あんな落ち込んでたのか。」

チュン太にそう言うと、また、俺の首筋に顔を埋めて、小さくごめんなさい。と謝っている。

謝らなくていいのに、と俺は苦笑する。

「もう、ミストルにいく事は決まったから、あちらに行けば遅かれ早かれ俺が勇者だってバレてしまいますから。」
「それで、打ち明ける事にしたのか?」
チュン太はコクリと頷いた。
俺は、やれやれ、と彼の頭を撫でてやる。狼の耳もくちゃくちゃに撫でてやる。
「高人さん、ミストルへ行く前に色々と話しておきたいです。魔王と勇者の今後を。」

チュン太は真剣に俺を見つめてそう言ったのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?