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遊郭で高人さんを見つけました。16

ふっと目を覚ます。
ランプのか細い灯りがゆらゆらと揺れ、辺りを仄暗く照らしている。
耳を澄ますと、見世自体が静まり返っていた。きっともう、泊まりの客以外は帰ったのだろう。

チュン太は俺の隣で俺を抱き寄せて眠っていた。

もぞりと動く。
喉が渇いて仕方がない。

チュン太の抱き寄せる腕をそーっと外す。ちらりと顔を見るが起きる気配は無さそうだ。

ゆっくり起き上がろうてするが、身体は気怠く腰の辺りに鈍痛が響く。半分も身体を起こせない。

「いっ…た。」
声が掠れてうまく発音ができない。

サラリとした浴衣の感触、身体にベタ付きも感じず、気を失ってる間に清めてくれたのだと感じた。チュン太もまた、新しい浴衣を身につけている。

「ん…高人さん…大丈夫…あまり動かない方が…」

俺が動いたせいでチュン太が目を覚ましてしまったようだ。眠そうにじっとこちらを見ている。
ああ、コイツに抱かれたんだなと、嬉しく感じてしまう。
「みず…のみたくて…」
「ちょっと待ってて」

掠れた声で言うと、チュン太はのそりと起き上がり、床の間に常備してある盆を引き寄せた。
冷まし湯で満たされた急須を手に取り、湯呑みに注ぐ。

「起きれますか?」
チュン太が俺の横に座り、体を支えてくれるが身体が軋みビクッと強張る。
「…大丈…っいったた…っ」
起き上がるほどに腰の痛みが増す。
チュン太は起こすのを諦めてまた俺を寝かせてくれた。
「お前、むちゃくちゃしすぎなんだよ。…けほっ」
布団に横になっていれば大丈夫なようで、俺は、はぁー。とため息を吐いた。

「すみません。やっと抱けると思ったら抑え効かなくなっちゃって」
穏やかで、でも少し心配そうにこちらを見ているチュン太。
いつもの商売用の笑顔と違う優しい笑顔だ。新しい一面が見れた気がして嬉しかった。

突然、すごく甘えたくなってしまう。
「ちゅんた、みず…」
抱っこを要求するように両手を差し出し、口を薄く開けてやると、何を要求されているのか理解したのか、困ったように笑っている。
「いつからそんな、おねだり上手になったんですか?」
チュン太は冷まし湯を口に含むと、俺の唇に押し付けてくる。口付けの中、舌を伝い冷たい水が口内に染み込んでいく。
「んっ…」
少しずつ、少しずつ…トロトロと流れてくる甘い水を飲み下す。含んだ水が無くなると、チュン太は無言で二口目を口に含み、また俺のに流し込んできた。与えられるままに飲み下していく。

飲ませ終わると、ちゅっちゅっと啄むように口付けをして名残惜しそうに唇を離した。

「…まだ飲みますか?」
穏やかない声。安心する。

「もういい…。」
「じゃ、もう寝ましょうね。」
喉を潤すと身体が落ち着いてきて、またとろとろと微睡む。

チュン太は湯呑みのに残った水を飲み干し湯呑みを盆にコトッと置くと俺の隣に添い寝するように横になった。
布団を肩まで引き上げてくれて、髪を優しく撫でてくれる。

「チュン太…」
「ん?」

「身体綺麗になってるけど、お前がしてくれたのか?」

「そうですよ。お見世の人にお願いして、お湯と手拭いと着替え、準備してもらいました。貴方の事は見せていませんから、安心して下さい。」

「そうか…」

普段なら行為が終われば客は帰り、その後自分で処理する。客が、まして男娼を労わるなど見た事がない。

「お前、本当に変わってるよ…」
「それは褒め言葉として受け止めておきますね」
にこりと笑うチュン太に苦笑して、俺は重たい瞼を閉じる。

「高人さん、おやすみなさい。」
「おやすみチュン太…」

頭を撫でてくれる優しい手が温かい。
愛しむように見つめてくれる視線が温かい。

こんな仕事じゃなきゃきっと幸せな、ただ幸せな時間だった。この甘さがやがて己を蝕む事になる。知らなければ良かったと…。そうやって苦しむ遊女を沢山見てきた。

この想いはきっと、籠の中でただ待つしかできない俺には毒なのだろう。

手放したくないと、誰にも渡したく無いと…。待つ事しか出来ない身でありながら、想ってしまうのだ。
いままで諦めていた自由な空を望んでしまう。

例え身請けされても、"専用"となっただけで俺達に自由なんて無いのに。

春を売る者達はこうして自ら毒に浸かり身をすり減らし叶う事の無い夢を見て逝ってしまうのだ。

きっと、俺もそうなってしまうのだろう。
知らなければ良かったと後悔する日が来るのだろう。

ああ…。そうは…なりたくないなぁ…。

温かい腕の中で、眠りに落ちる瞬間一粒涙がこぼれた。

その後俺は、腰の痛みと発熱で数日寝込んでしまったのだった。


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