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ラスボスが高人さんで困ってます!39

「宿屋の主人に頼んで、浴槽のある部屋にしてもらったんです。」

連れて行かれた隣の部屋には浴槽と視界を遮る衝立が置かれていた。水捌けなんて気にしてない普通の部屋に置かれた西洋風の物だ。湯で満たされた浴槽の中には束ねたハーブが浮いており、爽やかで良い香りを放っていた。

「宿屋に浴室なんてあるんだな。初めて見た。」
「お値段によりますね。ここは中級の上って感じです。」
ミストルは瑞穂国ほど風呂に入る習慣が無い。
水捌けが悪く、浴槽に湯を入れるのも出すのも大変で、庶民はもっぱら身体を拭いて終わりにする事が殆どだ。
なので宿屋に風呂が設置されている場所があるなんて俺は知らなかった。貴族が使う宿なのかもしれない。
異文化に触れるのは楽しいが身体がベタベタで気持ち悪く、旅の疲れと彼に抱かれた気怠るさで早くベッドに戻りたかった。

「じゃあ、風呂入るから。」
後ろでにこにこしてるチュン太にそう言うと、彼はコクリと頷いた。
「はい。」
彼が返事をしたのを見て俺はまた浴槽を眺めながら、もそもそとシャツを脱ごうとする。チラリと見える自分の肌は、赤い痣が幾つも残っている。腕にも腹にも……これじゃ見えない部分もありそうで、しばらくは着る服も考えなくては……。
それに、股がヌルヌルして仕方ない。チュン太には悪いが少し掻き出さないと生活に支障があるな……。

なんて考えていると、後ろから視線を感じ振り返る。
「おい、風呂入るっつったろ。なんでいんだよ。」
チュン太は後ろで手を組みニコニコ笑いながら首を傾げる。
「え。だって、お風呂のお手伝いしなきゃなって。」
「いらねぇよ。向こう行ってろ。」
普通に言っても聞きそうにないので少し強めに睨んでそう言うが、応えた様子は微塵も感じられない。

にこにこと上機嫌に俺を見つめる彼を見ていると不気味さすら感じて、笑顔を引き攣らせて浴槽側に後ずさる。

窓の外は夕暮れ時。まだ大丈夫だとは思うが、コイツまた盛ってるんじゃ。

「はは……お前……なんか変じゃないか?」
「いえ?高人さんが俺の匂い纏ってるの幸せだなぁって。すごい多幸感です。今までになく安心してます。」
その過度な幸福感は発情期の影響だろうが、これがまた性欲に直結するのだろう。何にせよ、発情期はちょっとした事で欲情する。風呂の手伝いなんてさせていたら俺の身が保たない。
「……安心なら別にいいだろ!あっちで待ってろ。一人で入りたいんだよッ」
脱ぎかけたシャツを元に戻してどうにか追い払おうとするが、今のチュン太にはまったく意味がない。
「ふふ。何恥ずかしがってるんですか?もう身体の隅々まで知ってるんだし。今更でしょ?」
そう言うと、チュン太は俺のシャツに手を掛けて、スポーンと脱がしてしまったのだった。

ちゃぷん……。 

気付けは身体を綺麗に洗われ、今は湯船で髪を洗われていた。

チュン太は浴槽の俺の頭側の床に桶を置きそこに流した湯が入るようにして髪を湯で濡らし、頭皮から髪まで念入りに洗ってくれている。

身体を洗われてる間も悪戯のイの字も無かった。ただただ丁寧に隅々まで磨かれてしまった。俺が物足りなく感じてしまう程に、本当に何も無い。

期待していた自分にも驚きだが、欲情しないチュン太も訳が分からない。……悟りでも開いたか?
俺は拍子抜けしながら髪を洗うチュン太を見上げた。
俺の視線に気づくと、チュン太は幸せそうに微笑んで俺を見つめる。
「どうしました?」
「あ……あぁ、いや、なんでもない……。」
純粋な、本当に純粋な笑みを向けてくる。ヨコシマな妄想をしていた俺には眩しくて仕方ない。
……性衝動に満足すると、こんな風になるのか……?

鼻歌混じりに頭皮を洗う彼の指先の力加減は絶妙なもので、髪を流しながら梳いてくれるのも気持ち良い。ハーブの香りが爽やかでより気分が安らぎ、細かい事は気にならなくなっていく。
石鹸を使った様子も無いのに汚れや皮脂が取れスッキリしていくように感じた。

そういえば、身体も湯と手拭いだけで洗っていた。この国だって石鹸はあるはずなのに、彼はそれを出してこない。不思議に思い聞いてみる事にした。
「なぁ、なんで石鹸使わないんだよ。」
すると今度はチュン太がキョトンと首を傾げる。
「え、俺の匂い消えちゃうじゃないですか。」

「……あぁ、なるほど。」

そうだった。コイツは今正常そうに見えて発情期だった。しかし、子孫を残したい欲望が満たされてくると次はこんな庇護欲が顔を出てくるのか。
俺の髪を洗うチュン太は幸せで堪らないといった表情だ。
「まぁいっか。好きにしてくれ。」
「はい。そうさせてください。」
諦めたようにそう言うと、チュン太は嬉しそうに微笑んでそう言った。

入浴後、貴族の令嬢のようにわざわざ無香料のオイルを使って全身マッサージまでされ、あまりの気持ち良さにウトウトと眠ってしまったのだった。

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