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遊郭で高人さんを見つけました。番外編2

綾木の執務室では、カリカリカリカリとペンを走らせる音が響いている。俺は執務室の掃除をしながら、ここ最近で一番聞きたかった事を綾木に聞いた。

「ねぇー綾木さぁん、最近元気無いですけど、彼女にでも振られたんですかぁ?」
遊郭に行った日からかれこれ一週間、綾木はとにかくため息ばかりだ。

「うっせぇな、黙って仕事しろ。」
案の定返事は冷たいものだが、こんな事ではめげたりしない。
「えーだって気になるじゃないですかぁ。あ…否定してないって、図星っスか?」
「図星じゃねーよ」
「恋の悩みなら青春真っ盛りの俺が相談のりますけど?」
「お前みたいなケツの青いガキに何相談すんだよ。」
ペンを置いて文章を確認しながら呆れたように言う。
「やっぱ図星じゃん」
「は?図星じゃねーっつってんだろクソガキ!だいたいおま…――ッ」
綾木が怒鳴っていると、執務室の外から呼び声が届く。
「涼ちゃーん!!休憩よぉー!おばちゃん達とお茶しましょー!」
「はぁーい⭐︎」
俺はくるっと振り返ると、満面の笑みで返事をしてパタパタと呼ばれた方に行く。
綾木との話に実りが無いのでお姉様方に可愛がってもらおう。綾木は、あっけに取られていた。
トキさんが執務室を覗き込むと綾木に怒り始める。
「ちょっと旦那さま!涼くんいじめないで下さい?!」
トキさんはお台所も担当してるので呉服屋での発言権は高い位置にあった。怒らせるとしばらく嫌いな食材が食卓に並ぶのだ。
「え?あぁ、すまん。」
あれ?なんで俺は謝っだ?とハッとした顔が面白くて、俺は影でくすくすと笑いを堪えた。

「あいつ、いつの間に女性陣味方に付けたんだ…ったく。はぁ。」
綾木さんは疲れたようにため息をつき書類を置く。

「トキさんもタエさんも、おばちゃんは言い過ぎっス!お姉さんですよ!」
「もー!涼ちゃんたら上手なんだから!ほらお饅頭食べな?」
「わぁい」
キャイキャイとおやつを食べていると、玄関から今朝お使いに出た従業員のマサが慌てて帰ってくる。

「旦那様は、いるか?」
はぁはぁと息を切らして汗を拭っていると、綾木がスタスタと顔を出した。

「どうしたー?」

「旦那様!大変だ、三萩百貨店様から…別の取引口ができたから今後はそちらを利用すると…」
マサは納品のために三萩百貨店に出向いていた。

三萩百貨店は大手の得意先だ。綾木さんの代で取引が始まり日も浅く信頼関係も希薄だ。こういう関係は損得に左右され易い。准太さんの得意分野だ。
准太さんが言ってたやつかな。

「なんでまた急に…」
綾木の表情が険しくなる。
すると、またパタパタともう1人駆け込んでくる。
「だ、旦那様!小口の若様から、こちらとの取引を中止すると使いのものが…」

「は?…どういう…。とりあえず執務室に使いの方を通してください。」

バタバタと動き始める周囲を尻目に、俺は饅頭をぱくっと平らげた。食べ終わると、ソロリと執務室の壁越しに、話に聞き耳を立てる。

「私どももしっかりと事情を聞いた訳ではございません…。こちらをお預かりしております。」
カサカサと紙を広げる音がして、しばしの沈黙。

「分かりました。すぐにお返事を書きますのでお待ちいただけますか?」

…ふぅん。
小口は製糸工場の取引先だ。小さいながら良質な糸を作るので綾木も大切にしついた取引先である。
小口さんとこの御者のおっちゃんはよく俺を愚痴漏らしの相手に使う。俺は笑って聴いてるだけなので都合が良いらしい。今も外で待っているだろうから、俺はそちらに行く事にした。
おっと、手土産も忘れずに。俺は、茶菓子の饅頭を2つ拝借して足取り軽く表に出た。

「おっちゃーん!」
にこにこと笑いながら近づくと、馬に水を与えていた御者がこちらに気付く。
「よう坊主ー!なんだサボりか?」
モッサリと髭を生やしたおっちゃんがニカっと笑う。
「サボりってか、休憩なんだ。おっちゃんも食う?」
おっちゃんに1つ渡して俺も一つ口に入れる。

「珍しいじゃん…今日来る日じゃないのにさ。」
「いやな?旦那がいきなり綾木とはもう関われなくなったとか頭抱えはじめてなぁ?この饅頭うめぇな」
「へー。おっちゃんとこって、ウチ意外と取引あんの?」
「ああー、あとは海外向けでな。染色して糸として輸出してんだよ。」
あー…。

「もしかして、海外の輸出止められそーなの?」
「坊主すげぇな。そういう噂がな?俺にゃ詳しい話は回ってこねぇが、なんか先方が綾木がえらく気に入らんらしいな。」
「なるほどねぇー。海外輸出のが実入はいいよなぁやっぱ。」
「若旦那も俺らに給料払わなきゃなんねーだろ?背に腹は…って感じだろうなぁ。」
おっちゃんは饅頭をもぐもぐと食べて飲み下す。
「おっちゃんも大変だなァ。でも小口がいいんだろ?」
「あたりめぇだ。世話んなってるからな。」
俺はにっこり笑う。
しばらくすると、お使いの人が出てきた。
「お、じゃーな!おっちゃん!」
「おー。またな」

なるほどね。

俺は、使いの人に一礼して店の中へ戻った。 

「綾木さん、入っていいですかぁ?」
コンコンとドアを叩く。返事がない。
「あーやーぎーさぁぁん!」
コンコンコンコンとドアを叩き続ける。
「あーやーぎさぁーん?もー!何落ち込んでんスかぁ?」
「うっせぇーよ!ガキ!なんだ?」
ガチャリと開いたドアから仏頂面の綾木が立っている。
「ぷふ。なんすかその顔。」
あまりにショックな顔をしているのでつい笑ってしまう。
「用がねぇなら仕事しろ!」
「あります!ありますからぁ!」
扉を閉められそうになるのを足で遮ると綾木に抱きつき中に押し込む。
「お前、なんだよ。ったく。ふざけてる場合じゃ、」
「真剣な話は、あんまり他の人に聞かれたくないんで。」

「?」
訝しげに俺を見る綾木。
あー見てる。怪しまれてる。あはは〜。

俺は気を取り直して本題に入る。
「綾木さん、小口様の事情聞きました?」
「いや。」
「んじゃ、俺聞いといて良かったっスね。さっきそこで御者のおっさんと話してきたんスけどね、」
先程聞いた話を綾木に聞かせてやる。

「…はぁ?俺、えらく嫌われてんな。…東谷か?」
げんなりと肩を落とす。

綾木さん、正解ッスよ⭐︎

「まぁ人間色々なんで仕方ないっスね⭐︎」
その東谷が俺の本物の上司で、綾木を監視して情報横流ししてるのだから、綾木には同情しかない。

「んで、もう一件、三萩百貨店なんですけど、」
「あっちの誰かとも仲いいのか?」
「いえ、あっちはよく行くってだけなんすけど、最近すげぇ模様替えしてて、洋服の店ばっかなんですよ。三萩って衣食住の衣はほぼ和服だったのが、洋服になってました。」

「じゃあ、洋服代理店に仕事持ってかれてたのか。時代を感じるねぇ…。」
綾木はため息を漏らす。

「綾木さん、モノは考え様っス。作っちゃえばいいじゃないっすか。反物で洋服。いけると思うけどなぁ!馴染みのある柄が洋服になるなんて面白いじゃないっスか。」
ニコニコ笑いながら提案する。
「なるほど。」
「小口様んとこも、そんな大きな製糸工場でも無いし、洋服も作るなら反物の沢山使うでしょ?ウチで全部買い取る事にすればあっちも解決!」

「色々物入りになるが…その辺も他社と話し合っていけば…」

あ、綾木さんの顔色が少し戻った。
「成宮、俺はちょっと三萩様のとこに行ってくるから、トキさん達に伝えてくれ。今日遅くなるから晩飯もいらねーってな」
「了解っス⭐︎」
「んじゃ、ありがとな!」
ポンポンと頭を撫でられ、綾木は外に出てしまった。

「…はぁー。やっぱ子供扱いするんだよなぁ。」
苦笑して、長椅子に座る。

「俺に出来ることなんて周りで見聞きしたこたとを話すくらいだし…」
頭の後ろで腕を組み、ため息を吐く。あまり派手に動けないのは、綾木に加担している事が准太さんバレてしまうからだ。バレた時の事は怖くて考えたくない。

「まぁ、なんとかなるでしょ。」
へらりと笑う。とりあえず、取引先の准太さんが狙いそうな所は先回りして情報収集はしておこう。何かしら兆候はあるはずだから。

それからしばらくは、准太さんが仕掛けてきては綾木さんが防ぐ攻防戦が続いた。俺は度々拾ってきた情報を綾木に提供していた。

やっと准太さんの報復活動が落ち着いたのは、それから約1ヶ月後の後だった。

しとしとと雨が降る6月の初め。呉服屋の裏で経営してる質屋でちょっとした事件が起こる。 

俺は裏の質屋に置いてある反物を取りに外から質屋に向かっていた。
すると、わぁわぁと騒がしい。
「ん?」
ばたばたと柄の悪い男が飛び出してこちらに逃げてくる。

「おい!まて!」
「坊主!そいつ捕まえろ!!」

おれはその男の足を引っ掛けて転ばせると馬乗りになって腕を締め上げた。

「いだだだ!離せ!クソ!!」
ジタバタする男は、俺から逃れられずにいる。
「動くと肩が外れるっスよ。大人しくしてください?」

「ああ、涼、すまんな。おい!旦那呼んでこい!!」
「へい!」

「どうしたんスか?」
男を締め上げたまま、きょとんと質屋の強面の兄貴に聞いてみる。
「ああこいつ、花魁の打掛売りに来やがったんだ。」

「へぇ?悪い事するなぁ。」

ああ、そう言えば、最近、花魁の誘拐騒動が頻発してたな。准太さんも手を焼いてたやつだ。
兄貴が持ってる打掛には見覚えがあった。
たしか、夜霧花魁の隣に居た子が注文したものだ。俺が採寸している間、夜霧について聞かせてもらったのを覚えている。
確か、千早といった。千早の打掛を持っているという事は、千早は?
夜霧は綾木の大切な人だった筈だ。近しい人の身の危険わ黙って見ていられるような人のようには見えなかったが。

嫌な予感がするな。
ふと地面に影が出来て、上を向くと綾木がじっと男を見下ろしていた。

あ。怒ってる。

「お前、この打掛はどこで手に入れた?」
静かに綾木が拘束された男に問う。
「俺んだよ!悪いかよ!」
「あー、そう。まぁーいいか。おい、そいつ縛り上げろ。んで質屋の連中4.5人連れて来い。花房屋に行く。」
男は腕を縛り挙げられて連れて行かれた。

「成宮、頼みがあるんだが。」
「お、綾木さんから俺に頼み事っスか?なんか仲良しみたいで嬉しいなぁ!」
綾木を見上げてニコニコ笑う。だが綾木は乗ってこない。
「この打掛の主の捜索と、夜霧が外に出てたら追跡を頼みたい。」

険しい顔。追跡とか捜索とか隠密行動は得意分野だけど、今までこの人の前で言ったこともやった事もない。

気づいてる?
まぁ、いっか。

「了解っス⭐︎でも、1人だし成果がどれほど出るかは分からないっスよ?」
「お前1人でやれとは言ってねーだろ?何人か付けるからお前が指揮して捜索しろ。あー、あと怪我すんなよ!」
綾木は足早に行ってしまった。
「あはは!了解っス!」
怪我なんてしないけど、心配してもらえたのは凄く嬉しかったので満面の笑みとやる気が湧いてきた。
「んじゃ久々に張り切っちゃお」
俺はふふんと悪い笑みを浮かべた。

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