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遊郭で高人さんを見つけました。17

あれから数日、医者からは、急な身体の酷使が原因だと言われた。

明日まで休めと言われたが、熱も下がったし身体も動くようになった。もう見世に出ても良いと思うのだけど…。

「はー、退屈だな。」
布団から身体を起こし、窓の外を見つめる。
今日は雨模様だ。小雨がパラパラと渇いた土地を濡らし、土の香りと緑の香りが風に運ばれてくる。

「高人、入りますよ?」
すっと襖が開く。声の主は、絹江さんだ。

「絹江さん、どうかしましたか?」
神妙な面持ちで入ってきて、さっと俺の前に座った。

「千早が、今朝から見当たらないのですが何か聴いていない?」
「え?」

昨日は、お座敷の後そのまま揚がって…夜に客を見送っていたはずだ…。
俺は予定こそ知っていたが、伏せっていたので姿は見ていない。
昨日、昼間に部屋に来た時は相変わらず元気だった。何かあれば真っ先に言ってくる子だ。

「いえ、なにも…」
「そう…」
厳しい顔付きの絹江さんに嫌な考えが浮かんでしまう。
「…まさか、誘拐…ですか?」
「まだ分からない…けれど早めに手を打たないと、もし誘拐だとしたら手遅れになるわ。高人、東谷様は次はいつ来られる?」

東谷…チュン太?なんでチュン太…?

「えー…っと…いつもなら、もう…」

「俺をお探しで?」
丁度良いタイミングで襖が開かれて、チュン太が姿を現す。

「ちゅ…東谷さま、この様な格好で失礼致します。」
絹江の前なので体裁は整える。
「お構いなく。夜霧さん、お加減いかがですか?」
優しく笑うチュン太にホッとし、大丈夫ですと、頷いた。

東谷は、絹江の隣に座ると、絹江の方を見た。
「それで、俺に用とは?」
「…」
絹江が東谷を見据えると、何か察したのかスクっと立ち上がる。絹江も後に続いて立ち上がった。

「夜霧さん、ちょっと楼主殿と話してきますので、待ってて下さいね。」
チュン太は、にこりと笑うと絹江と共に部屋を出て行ってしまった。

「千早の…事、だろうな…」
足抜けなら、自分の意思で出て行ったのならまだいいのだが…。心配で堪らない。

ふと、窓の外を見る。ここから見えるのは花房の表玄関と前の大通りだ。小雨の降る大通りは、人通りが少ない。まぁ、ここが賑やかになるのは夜なのだから少ないのは当たり前か。ぼーっと大通りの方を眺めていると、鮮やかな朱色の着物の女が走っている。
「…⁈」
千早の打掛…先日綾木の所で一緒に選んで仕立てたものとよく似ている。

千早??

注意深く見ていると誰かに追われているようだった。

あれは…駄目だ。

一瞬、チュン太の顔が過ぎる。
知らせに…、いや…そんな事してたら見失う。
「くそ……!」
俺は羽織を手に取ると浴衣のまま外へと飛び出した。
遊郭地区の大通りに走りでると、周りをぐるりと見渡す。
「どこだ…確かこっちに…」
女が走り去った方へと走ってみる。そこはガラリと人通りの無い桜並木が広がっている。
雨に濡れ、しっとりと髪が張り付く。

「見失った?どこかの路地に入ったのか?」
キョロキョロと辺りを見回していると、後ろから人の気配がした。
慌てて振り返ろうとするが背後から首に腕を掛けられ、顔に濡れた布を押し当てられた。

「ふゔっ…⁈」
ひゅっと嗅いだそれが水では無いと分かると、咄嗟に息を止める。
そのまま路地裏に引き摺り込まれてしまい、ギッと後ろを睨み付ける。
そこには見たことの無い男がニヤニヤと笑いながら俺を押さえつけていた。
「へへ…っ、暴れんじゃねーよっ」
振り解こうと暴れていると、布に含まれた薬剤が肺に入ってくる。
視界が揺れて意識が遠のいていきガクンと身体が動かなくなる。

チュン太…ごめ…。約束…まもれなか…っ

意識を手放すと地面に崩れ落ちた。





「ん…っ…つぅ…ここ…どこ…」
ガンガンと響く頭痛と共に目を覚ます。

どこかの座敷牢だ…。

「た…高人…?」
牢の奥から怯えた声がする。それは見知った声だ。
「千早か!」
牢の奥を見ると、千早が隅で震えていた。
花魁としての装飾品や化粧品のままだ。やはり見送りの時に連れ去られてしまったのだろう。

ヨタヨタと近づいて、彼女の前に座ると顔を覗き込む。
「千早、無事か?怪我は…」
千早は打掛を着ておらず、着物のみだ。ふるふると震えて喋ってくれない。

「お前、打掛…。」
自分の浅はかさに笑いが出てしまう。
「なんだ、俺が餌に釣られたんだな。」
それでも…。
「お前が無事で良かった…。」
千早をぎゅうぅっと抱きしめる。
「高人…怖かったぁ…こわかった。」
心細さが和らいだのか、ポロポロと涙を流し始める。

「何かされたか?怪我は?」
俺の質問に、フルフルと被りを振る。
「そうか、なら良かった。」
千早の答えに安堵し、優しく笑い頭を撫でてやる。

周りを改めて観察すると、遊郭にしては上品で綺麗な作りだ。座敷牢にも軽い調度品が置かれている。

「なんだここ…。」
まるで、人間を飼うために作られたような場所だ。
気持ち悪い…。

チュン太なら…見つけ出してくれる。
声を掛けずに出てきた事は…まぁ、怒らるだろう…けど。今の状況よりも、ちょっと…そっちの方が怖い気がする。

「チュン太…許せ。」
免罪符の様に虚空に謝るが、雨に濡れたせいか、気のせいなのか…、ぞぉ…っと悪寒がした。

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