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ラスボスが高人さんで困ってます!34

翌日、俺が朝食を作っていると、高人さんがヨタヨタと居間にやってきた。
「てんめぇ……むちゃくちゃしやがって。」
「あ!高人さん!おはようございます。もう少し寝てて良かったのに!」
グツグツと芋を煮る隣で、味噌汁の味見をする。
「寝てんのも痛いんだよ!加減を覚えろ。加減を!」
ご立腹の高人さんにお茶を持っていきながら俺は困ったようよ笑った。
「すみません。高人さんが魅力的すぎて我慢できませんでした。」
食卓にお茶を置き。座布団を準備してやると、当然のように高人さんは座ってくれて、眉間に皺を寄せたままま湯呑みに口をつけた。
「ご飯もうちょっとで出来ますからね。」
「ん。」
「あ!高人さん。髪色ですが、銀色にしてください。瞳はそのままで大丈夫です。」
「ん?銀色は一般的な色なのか?」
「珍しくはありますが、まったく居ないわけじゃないので。むしろ珍しい髪色の方が髪に目が行くでしょう?」
「ああ、なるほど。」
高人さんは納得したようにそう言うと、ちょいちょいと手招きされる。
俺が言われるままに彼の前に行くと、彼は頭をよしよしと撫でてくれる。その感触は安心できてとても心地よく、無意識に尻尾が揺れた。
「髪の色はな、色素に作用させるんじゃなくて、魔力で髪の毛一本一本を包んで、反射する光、吸収する光を調整するんだ。」
「あはは……難しそうですね。」
「荒削りのお前には無理だな。」
苦笑する俺を見てニヤリと笑い、彼が目を閉じると、頭の上の手が温かくなっていった。

「だがお前は器用だから、そのうち見様見真似で出来るだろう。だからやり方は身体で感じておけ。」
「はい。」
高人さんの魔力は俺の髪に櫛を通すように心地よく、香油を塗るように浸透して行く。
……まるでぬるま湯の中で髪を梳いてもらっているようで心地良い。

「できたぞ。瞳の色は本当に、いいのか?」
鏡を渡されて髪を見ると、見事な銀髪になっていた。
「わあ!すごい!綺麗ですね!銀色!」
「髪の色が違うだけでかなり印象が違うな。」
「はい。あ、瞳の緑色ってあっちじゃそんなに少なくないんですよ。だからこのままで。」
俺がニコリと笑うと、高人さんも納得したように頷いた。
「ありがとうございます。じゃあ朝食にしましょう。」
俺はまた土間に降りて、料理を粧い、食卓に並べたのだった。

――――

「なぁ、チュン太。いつ行くんだ?」
食事を終えて洗い物をしていると、高人さんが居間から話しかけてくる。

「そうですね……どうやって行くかにもよりますね。海路か空路か。」
「空路だろ。飛べるんだし。」
「結構距離ありますよ?」
「気流を使うから大丈夫だ。魔力の消費も少ない。丁度風向きも東から西に抜ける時期だから一日あればミストルに着くぞ。」
驚いた。空路とはそんなに早く到着するのか。船だとヘルクラウンを迂回するため、一度北か南の大陸に立ち寄ってから西を目指す事になる。ざっと1ヶ月程の船旅だ。その間、風呂も無いし食事も偏る。生活環境もあまり良いとは言えない。

かちゃかちゃと最後の食器を洗い、清潔な手拭いの上に置くと、水に濡れた手を拭き、襷を外しながら居間に戻った。
「じゃあ、高人さんにお願いしてもいいですか?」
「おう任せろ!」
食卓を挟んで高人さんの対面に座ると、彼は嬉しそうに笑いコクリと頷いた。
「後は、あちらでの服装ですね。俺は良いとして、高人さんの服を……」
「あるぞ?」
「え、洋服あるんですか?」
「ああ。言ったろ。俺あっちで暮らしてたんだ。貴族用から民衆服まである。一応貴族の身分証もある。子爵に知り合いがいて、俺はそこの養子って事になってるんだ。5年前の事だし、ジジイもまだ健在だろ。」
思い出すように高人さんが言っているのを聞いてぽかんとする。
「その方は、貴方が龍だと知っているんですか?」
「ああ。知ってる。そいつは狐の亜人だからな。」
驚いた。亜人に差別的な国で子爵とは。余程上手くやっているのだろう。
「まぁ、そんな感じだから俺は今日からでも行けるぞ。ミストルに入ると龍の姿は目立つから、俺は人の姿だ。だが、お前と旅が出来るような経歴じゃないんだ。か弱いお貴族様がいきなり戦えたら変だろ?」

高人さんは、面白そうに笑いながら言った。
でもそれなら、物見遊山の貴族とその護衛冒険者という名目でも悪く無い。でもそうすると高人さんは退屈か。
「……まぁ、そうですね。」
彼は剣を使わない。魔法を使うにしても人は魔力を持ち合わせていない事になっているし、道中戦闘に参加したいなら別の方法が欲しい所だ。

「お前、テイマーなんだろ?」
「はぁ、まぁ一応……。よく覚えてましたね。」
俺はキョトンとして高人さんを見た。
「俺を従魔にしとけばいい。側に居る理由になるだろう?どうせ子爵じゃ公爵には近づけないしな。お前が国王に呼び出し喰らった時に一緒に居るなら従魔が当たり障り無いんじゃないか?」

ああ、確かに。公爵は王族に次ぐ高位だ。子爵のお目通など中々出来るものではない。ずっと一緒に居るなら、従魔として隣に置けば不自然な事にはならないだろう。それに高人さん自体も青々暴れられるだろう。
しかしテイムするのは……気が引ける。

「高人さんを従魔にしろって事ですよね?」
「おう。俺が獣の魔獣の姿になっとけば、なんの不具合も無いし従魔自体は珍しくもないだろ?」

俺は嫌そうに眉を顰めて彼を見つめた。今までテイムを使わなかったのは、相手が了承しているとは言え、俺の意識が優先されるのが嫌だったからだ。
「テイムは隷属ですよ?シェアとは違います。」
「紋章を壊さないように気を付けるよ。」
「あははは……そっちの心配か……。」
心配している視点の違いに俺は困った顔で笑う。
「お前……龍をそんなチャチな隷属魔法で縛れると思ってんのか?縛られてやるんだよ。」
「光栄ではありますが、俺が跪けって言ったら跪かなきゃいけないんですよ?」
そんな命令絶対しないけど。テイムした魔獣を奴隷のように扱うのは外道だ。

「それはゾクゾクするな。」
高人さんの思いがけない言葉に俺は一瞬驚き、そして不覚にも身体が熱くなるのを感じる。
つまり、命令されてみたいのだろう。彼は。
「高人さんにそんな趣味があったとは。驚きですね。」
クスクスと笑っていると、高人さんはフンっとそっぽを向いた。
「お前が毎晩毎晩俺を快楽漬けにするからだろ。」
「あははは。」
俺が首輪を付けるのか……。そう思うと、ゾクリとする。いやいや……俺が楽しんだら駄目だろう。

「安心しろ!ほんとに嫌だったらすぐ抜け出してやる。」
「う――ん。」
俺は困ったように微笑む。
彼をテイムするって事は、犬か猫のように扱うも同等だ。高人さんにそんな扱いはしたく無い。

すると高人さんが何か期待するように俺を見ていることに気が付いた。
「な、なんですか?」
「テイマーの契約魔法って初めてなんだよ!」
変なところで探究心に火がついた高人さんに、俺は溜息をついた。
「シェアもテイマーの魔法ですよ?」
「そうなのか!?」
「特殊であまり使う人は居ませんけどね。なんせ施行者の命と繋ぎますから。それ程までに信頼し合う存在というのは中々現れません。」
俺自身、ここまで繋ぎ止めておきたいと思ったのは初めてだ。個を尊重し束縛も無いに等しく、ただ力と命を共有する契約魔法だ。契約というより、絆をより強い繋がりにするのがシェアという契約なのだ。
契約相手を支配し使役するという考え方が定着しているテイマーにとってはリスクは高いし使う価値の無い魔法だった。

「なんだ、もう体験してたのか。」
高人さんはつまらなそうに自分の腕で輝くブレスレットを見つめる。
「そうです。だからテイムは要らないでしょ?」
「いや!やってみたいぞ!従魔契約!」
好奇心に勝てない高人さんは早くしろと言わんばかりに期待のこもる眼差しで見つめてくる。
龍という生き物はこんなにも好奇心が強い生き物なのだろうか。それとも高人さんだからか?自ら罠の中に身を沈めその性能を確かめようとする。彼から感じるのは、そういった強者の傲慢さだ。
まあ俺相手だからこうして無茶な事を言うのだろうが。可愛らしくもあり心配でもある彼を、俺は困ったように見つめ、はぁ。と溜息を吐いた。

どう説得しようか。

「高人さん、俺は貴方を魔獣と同等になんか見れません。それに契約紋付けてたら美味しいお店とか食べに入れないですよ?人じゃないってバレちゃいますから。」
高人さんが、ピク!っと反応し、愛くるしく俺を見つめてきた。
「美味しいお店!?」
ああ、この猫みたいな反応本当に可愛い。
ともあれ、テイムよりも興味を持ってくれそうだ。
「港町に魚料理の美味い店があるんです。」
ミストルの港は食事何処が沢山ある。よく船を利用していた身なので、港町の食事何処には詳しい方だ。
「美味しい魚料理……ミストルの魚料理か……。洋食だよな。」
真剣に考えながら高人さんが質問してくる。
「もちろん洋食です。トマトやガーリックを使ったり、香草焼きやレモン煮も美味いですね。ミストルの魚料理、食べたくないですか?」
「うぅぅん。しかし……。んん。」
迷ってる迷ってる。もう少しだな……。
俺はふふっと笑いながら高人さんの新しい物好きと甘味好きを刺激してやる事にした。
「港町は魚料理ですが、王都に行けば甘味の茶店が沢山あります。たしか、去年流行ったのは、クランベリーチョコケーキでしたね。マカロンやカヌレ……あ、パンケーキも流行ってましたね。フワフワのパンケーキにクリームがたっぷり乗ってナッツやキャラメルソースが……」
「な……なんだそれ!5年前には見た事無かったぞ!!」
食卓越しにガシッと腕を掴まれキラキラした瞳を俺に向けてくる。俺はクスリ笑い、彼を見つめた。
彼は今、魔獣契約と甘味を秤にかけている。結果は火を見るより明らかだ。

「……食べたいですか?」
「ッ……食いたい!」
言い負かされた高人さんはムスッとして俺を見るが、意地は張れないらしく素直に返事を返してきた。
俺は満足げに微笑んで少し腰を上げ、食卓越しに彼の頬にキスをする。そして彼を優しく見つめて言った。
「じゃあ、テイムは諦めて下さい。従魔はお店に入れません。」
高人さんはショックを受けたように大袈裟に絶望し、しょんぼりと肩を落とした。
「あぁぁぁもう!分かったよ。テイムは諦める。」
「分かって貰えて嬉しいです。」
だいたいの話が終わった所で、俺はぐっと身体を伸ばして立ち上がる。
「よし!それじゃあ、準備しましょうか。しばらく帰ってこれないだろうから、この家を綺麗に掃除しておきましょう。出発は3日後にしましょう。村の人にも不在を伝えておかないといけませんし。」
「おう。そうだな。」

――――

そして3日後、浜辺から出発する事にした俺達は、朝早くから村の浜辺に来ていた。ここは高人さんが俺を拾ってくれた場所だ。最初の思い出の場所。
彼から与えられた水の美味さは今でも鮮明に思い出せた。

俺は冒険者の服に腰に大剣を固定してある。高人さんは黒龍の姿で、風を受けて海の向こうを眺めていた。
背中には鞍を乗せてくれ、俺が乗りやすいようにしてくれていた。こんなのいつ作ったんだろう。
深く霧のかかった海に、背後の山から登るお日様がキラキラと海を輝かせる。それはここに来て当たり前になった景色だ。
ほんの少し離れるだけのつもりなのに、寂しくて堪らない。彼の隣に行き、共に海を眺めた。
「高人さん、早く帰って来ましょうね。」
『ああ、そうだな。』
高人さんは身を屈めて俺に背に乗るように促してくる。彼と旅をする、それは嬉しい事だ。でも行く先にある想像の出来ない不安が俺の決意を鈍らせる。
この背に乗れば始まってしまうのかと思うと彼の身体に触れられない。いつまでも乗ってこない俺を、高人さんはチラリと見つめる。
『チュン太、大大夫だ。』
「高人さん……。」
『どんな時でも俺はお前のそばに居る。大大夫。』
高人さんの言葉が震えていた心に染み渡る。大大夫。大大夫だ。俺は彼を絶対に殺さない。
「はい。行きましょう。」
俺が黒龍の背に跨ると、ムクリと起き上がる。
『ちょっと精霊の力を借りる。耳を塞げ。』
言われた通り耳を塞ぐと、彼は狼が遠吠えをするように天に向かって吼えた。

グォォォァァアァァァ!!
腹に響き地を揺るがす程の鳴き声だ。
『もういいぞ!しっかり掴まってないと振り落とされるからな!!』
高人さんは大きく翼を広げるとバサバサと羽ばたき離陸した。
後ろからビュォォゴォォっと嵐のような音が聞こえ振り向く。
「なんの、お……と」
遠くの山の木々物凄い勢いで揺れているのが見える。
でたらめな暴風がこちらに向かってくるのを見て、高人さんに視線を写す。冷や汗が流れる。
「た、高人さん?これって……。」
暴風が近づくにつれ、田畑や木々の枝葉をしならせ、豪音と共に嵐のような風が大蛇のように地を舐め襲いかかってきていた。
『ああ、振り落とされるなよ?』
「や、やっぱりですか!」
ニヤリと笑う彼を涙目で見て久しぶりの落ちるかもしれない恐怖に備える。
ゴォォォォ!!という風音と共にマントがバサバザとはためき髪が踊る。
「うわぁッ!!?」
風は離陸した高人さんの真下から砂を巻き上げ上昇し、彼を巻き込み吹き上げた。真上に向かい彼が羽ばたくと物凄い勢いで空を駆け上がっていく。
砂と風でを目を開けていられず、ぎゅっと閉じる。
重力と風圧が体にのし掛かり気を抜くと落ちてしまいそうで、彼の身体に捕まった。

『もう大大夫だぞ。』

高人さんからそう言われ目を開く。風が弱くなり頬を冷たい風が撫でて行く。
『あはは。チュン太、砂だらけだな。』
「久しぶりに振り落とされるかと思いましたぁ。」
髪や服の砂を払い落とし、高人さんの立て髪の砂も払い落とす。安堵の溜息を吐き、改めて周りを見た。そこは真っ白な雲と澄み渡る青空だけの世界だ。
初めて見る何処までも広がる青に目を奪われた。
「……綺麗ですね。」
『空の旅はいいだろ?ここまで上がる事は滅多に無いんだ。息苦しかったら言えよ?高度下げる。』
「大大夫ですよ。」
高い山に登ったりしても空気が薄いだとか、そういうのは感じた事がない。ここまで高ければ息苦しくなりそうだが、別段そういう事も無かった。
『……後は風に乗って西を目指すだけだ。夜には大陸が見えてくるぞ。のんびり行こう。』
「はい。そうですね。」
後ろを振り向くと、瑞穂国の大陸が雲の切れ目から見えている。

夏の初めに瑞穂に流れ着き、数ヶ月、たくさんの思い出をこの土地から貰った。問題が片付いたら、高人さんと一緒に必ずまたここに帰って来よう。

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