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今君に伝えたいこと #18

 文化祭二日目の15時を少し過ぎた頃。慧人はF高文化祭のメインステージの客席にいた。ステージ上では、今まさにミスター&ミスF高の結果発表が行われており、男女5名ずつが横一列に並んでいる。その中の向かって右端、誰より不機嫌そうな顔をしているのが、蛍だった。星形のサングラスにカラフルなアフロのかつらをかぶり、「本日の司会者」というふざけたタスキを掛けた三年生の男子生徒が、マイクを通して声高に順位を発表していく。慧人は、客席の後ろの方に立っていた。そして、蛍だけをじっと見つめていた。どうか目が合いますように、と願いながら。
 屋外のステージは、その壇上にいる人にとってはかなり眩しそうだった。ただでさえ機嫌が悪い上にその眩しさもあってのことだろう、蛍はずっと俯き気味だ。それでもひたすらにじっと蛍を見つめていると、不意に顔を上げた彼女と目が合った。いないと言っていたはずの慧人を見つけ、彼女は驚きの表情を浮かべる。
 (お・ん・が・く・し・つ)
 慧人は校舎を指さし、大きく口を開けて蛍に伝えようとする。伝わったことを信じて、慧人は音楽室に向かった。

 有志バンドのステージは午前中で終わっていたから、音楽室にはもうほとんど私物は残っていなかった。ピアノの上に無造作に置かれた、おそらくステージの装飾に使ったのであろう風船や紙テープを適当に除ける。遠くの方でひときわ大きな歓声と拍手が聞こえた。慧人はそれを聞きながらピアノの前に座り、蓋を開ける。そして、昨日作ったばかりの曲を、確かめるように弾き始めた。
 どれくらい経っただろうか、入り口のドアノブをまわす、かちゃりという音が聞こえたとき、慧人は指を止め、立ち上がった。
 「なんでいるの?」
 陽射しに当たったせいか、いつもより少し頬が赤い蛍がそこにはいた。
 「笑いに来たの?こんな、出たくもないコンテストに出て、つまらなそうな顔した私を、笑いに」
 彼女は、明確に怒っていた。そうではない、そうではなくて。
 「泉井さんに、聴いてほしい曲ができたんだ」
 慧人は、静かに言う。
 「だから、とりあえず入ってきてよ」
 疑いの目を隠そうとしない彼女をなだめるように、慧人は頼んだ。そして、ピアノの前に座り直す。それを見た蛍は、ゆっくりと一歩音楽室に踏み入れると、扉を閉めた。いつもはピアノの脚のすぐ近くに椅子を置いて座る彼女だったが、このときは扉の前から動かなかった。それはちょうど、人に対して警戒心いっぱいの気高い猫のようだった。


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