マガジンのカバー画像

2010年代のエルフたち(2007年 十九歳 イチ)

16
運営しているクリエイター

2020年7月の記事一覧

16.アンチロマンティック

16.アンチロマンティック

 平野よりもほんの少し早く、山がちなキャンパスの景色が秋の色を見せ始めるころ、夏休みが終わり後期の授業が始まる。
その朝も、いつものように次々とバスが到着し、運んできた若者たちをキャンパスに向けて吐き出していた。
バスターミナルから教室棟へ向かう若者たちの列の中に、イチがいた。
イチは周囲に目を向けることもなく、ひたすらに内部に潜って考えていた。

 イチはどうすればよかったのだろう。
あの日、教

もっとみる

15.サティスファクション

 フミがイチのことをわからないのと同じぐらい、イチにも自分自身のことがわからなかった。
フミがイチに説明を求めていたとき、イチとしても同じ思いだった。
現状と気持ちをきちんと説明して、フミにわかるように伝えたかった。
ところが、何がどうなっているのかがイチにも全然わからなかったから、何も言えなかった。
イチとしても誰かに説明を要求したいところだった。

 このひと夏のあいだ、フミはイチの喜びの源泉

もっとみる
14.ランアウェイ

14.ランアウェイ

 イチがゼミ合宿から返ってきたのは九月の初頭だった。
夏休みはまだ二週間ほど残っていた。
合宿から帰ってから二日後には「お土産をわたす」という口実で、イチとフミは会う約束をしていた。
イチはなんとなく、これに気が乗らなかった。
合宿でミナのことをイチに告げに来たあの女のコは、イチはフミにべた惚れみたいだね、と、わけ知り顔で言った。
その内容自体も腹立たしかったが、何よりも我慢ならなかったのは、それ

もっとみる
13.落ちていく

13.落ちていく

 それからのミナは、そういう気持ちで、それはそれで日々をそれなりに楽しく過ごせていたのだけど、
調子を保てなくなったのは、イチが別の女のコに声をかけているらしい、という話を聞いてからのことだった。
その話を聞いたとき、ミナの視界は真っ暗になった。
その話は、イチがもう本当にミナのことを愛していないという事実をミナに突きつけた。
そうなってみてからミナが初めて気づいたのは、イチに別れを告げられてから

もっとみる