自分を守ることしかできない

西陽の光がカーテンの隙間から差し込み、目を覚ます。深い眠りから覚めて、ふと一日の終わりに気付くときの、あの喪失感と、諦めたように時間の流れをゆっくりと身体の内側から感じ取るその感覚の愛おしさは、古い恋人とのなんでもない関係の中で過ぎて行くぬるりとした日常を思い出す。

陽が落ちて、また長い夜が始まることに対する身震いをしていると、友人の誕生日の祝いの席に呼ばれた。それまでなにをするでもない時間が空いていたので、いつも通りなんとなく、大学へ向かう。知性の欠片もない自分のデスクに向かい、なんとなくすべきことをたらたらと行い、窓から見える向かいの校舎から反射する夕陽にぼんやりと、自分を重ねていた。

時間になって、いつもの居酒屋へ向かうと、久しぶりに同席する、2人の友人がすでに酔っ払って手を繋いで歩いていた。2人だけの世界のなかに、自分が入ることに抵抗を覚えながら挨拶を交わし、店のなかに入る。

少し遅れて皆が揃い、杯を交わす。もう当たり前になったその光景に安心しきっていた僕は、ふとこの日常性を感じ取り、その居心地の良さに嫌悪感を抱いていた。その矛盾した感覚はいつも僕を揺さぶり、もうひとりの自分が僕自身に問いかけてくるようである。

酒が進みあーだこーだと話をするなかで、友人が強い口調で嘆かける。

「おまえはいつも綺麗事ばかりだ。」

そんなことはわかっているから、もうそれ以上言わないでくれと心がキーキー鈍く甲高い音をたてる。友人にその通りだよ、そんなことはわかってるよと、相手の意思に対する理解を示し、自分を守る。それでも、友人は言う。

「お前はわかってないよ。俺がずっと言ってきたこと、お前はわかってないよ。」

自分を守るための同意を簡単に見透かされ、またその重く、鋭い言葉に心が悲鳴を上げる。意固地にわかるわかると発する言葉は、自分自身への守りだったはすが、いつの間にか、自分自身の愚かさを増長させていた。

思わず、もう構わないでくれと言わんばかりの言葉を発した。それでも友人は、

「俺はおまえのために言い続けるよ。俺だって言いたくないけど、おまえのために言うよ。」

と、その場から逃げようとする自分を捕らえ、離そうとしなかった。

強制されることに、人一倍拒否反応を示す自分であったが、その友人の言葉は吐き気がするほどの鬱陶しさと同じくらい、他人には見えるはずがないと思っていた心の隙間に、微かに触れる感覚があった。

ぬるりとした日常に終わりを告げるときは淡々と近づいている。自分のために生きるのは当たり前だけど、もしかしたら他人の言葉にふと、心が揺さぶられることがあるのかもしれない、となんとなく思ったのであった。

いつか、自分を守ることから、あなたを守ることができるだろうか。今はできないけど、いつかそんな時がくるのかもなと、少し先のことを考えていた。夏が始まる。



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