この街でみた空

春休みは設計事務所でアルバイトをしている。
7階建てのマンションの一室、住宅の一部を事務所として使っている。前の街にいたときも、設計事務所には通っていたけど、横浜に来てから初めて通う事務所になる。

かつての事務所は、大地の上に立ち、図面や模型を広げて、デスクに向かっていた。天井はガラス張りで、窓を開ければ青空の下で建築に想いを馳せていた。雪の日にはガラスの屋根が塞がれ、晴れて雪が溶けると、事務所に太陽の光が降り注いだ。たまに、鳥が事務所のなかに迷い込んできたり、寒くなってくると事務所のなかで住んでいる木々が葉を落とした。

地方都市のどこでもある幹線道路に静かに、でも堂々とそこに立っている。事務所に向かうまでの国道線沿いは田畑が向こう側まで延びていて、原付バイクを走らせながらその遠くに想いを馳せていた。

そのまちの空はいつも広かった。眠たい目を擦りながら学校に向かう朝も、苦しくて、辛くてすべてから逃げ出しそうな夜も、その空がいつも僕を包んでいた。

横浜に来てから、空に、遠くに想いを馳せることがなくなった。空が狭いなんて思わないけど、空を見るということが少なくなった。忙しく過ぎていく毎日はあっという間で、空はある意味僕の遠くへ行ってしまった。

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横浜の設計事務所は、ベランダでスプレーを吹く。あまり高いマンションで過ごすという経験が今までなくて、建物が迫り合いながら、そびえ立つ都市の高い、高いすきまを覗くことができた。近くの線路や、街を歩く人、工事の音、風の音、とにかくこの街は忙しそうにしている。

もう事務所にも慣れてきたころ、またスプレーを吹くためにベランダに出た。その日は風が強かった。ふと空に目線が行き、なんとなく眺める。久しぶりに空へ意識がいく。僕に迫りくるように立ち並ぶ建物のすきまから、空が見える。

忙しい街、迫りくる荘厳と建つビルたち、バタバタした事務所。空は、そこに流れる雲は、僕たちをなだめるように、悠々とそこにあった。その雲は、前の街でみたものよりもずっと、早く、大きく見えた。

ひとつの家のようなその事務所にも、空は見えていた。横浜ではじめて、空に、その遠くに想いを馳せた瞬間であった。


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