誤魔化すなよ
東京という都市はたくさんの領域が拮抗するように、または重なるはずのないものが重なり合い、空間のズレ、日常では起こるはずがない記号論的な意味から浮遊したなにかが集積し、出来てしまった空気みたいなものが醸し出されている。
この複雑ななにかは、バグがこの世界で3次元的に生み出されてしまったような感覚、見てはいけないものを見てしまったようなおどろおどろしい感覚を呼び起こす。
人々の生活、そして見えない大きな力が干渉し合い、東京という都市をつくっている。目の前の世界を見ているはずなのに、その世界の儚さみたいなものに気づき、そのなにかの大きさを知ったとき、僕はどこに行ってしまうのだろうかと、消えてしまいそうな想いに胸が張り裂けそうになる。
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「愛しているものが多すぎて、すべてを愛したいはずなのに、未来はひとつしかないんだよね、俺はどこに行ってしまうんだろうか、何を大切にしたらいいんだろうか。」
仕事終わり、いつも通り自分の部屋でゲームをしている兄にぽつりとつぶやく。
「声がうるさいから、静かに話して。ここ壁が薄いんだよ。またクレーム受けちゃうから。」
ゲームの文句をぶつぶつ大きな声で言いながら、そんなことを言う。なに誤魔化してんだよ、アニキ、教えてくれよ。話を聞いてくれない兄に、どうしようもない虚無感に襲われる。
きっと、ちゃんと聞いてくれているんだろうけど、恥ずかしくてまじめな話をしないんだろうな、と思いながら、気持ちを落ち着かせる。
誤魔化されることの哀しさを知ったとき、そんなこと絶対にしたくない、目の前のひとに耳を傾けたい、と思ったが、兄と同じように、父と同じように、恥ずかしさや哀しき自尊心、自己中心的な意思を、自ずと俺も持っているのかと、他者への批判的な眼差しと同時に、それは自分へも向けられる。
なにかを選ぶことは、同時になにかを選ばないことという当たり前のことに、今更気付き始めた。僕は大切ななにかを誤魔化していないだろうか。
家族への敬意と批判的意思、それが拮抗するように、ぐるぐると頭の中で蠢いていた。
前橋へ戻る。誤魔化すなよ、じぶん。
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