桜漂流記 2
私たち4人はこの公園のこの場所でよく遊び、よく語り、たまに喧嘩をして育ってきた。
社会人になって遠くに住むようになっても、年に5回私たちはこの場所に全員で集まる。約束をしていたわけではないが、なんとなく示し合わせたように集まっていた。
それぞれの誕生日と、初めてこの場所に全員で来た日。今日はその中のどの日にも当てはまらなかったが、私が婚約をしたことを聞きつけた陽太が皆を招集しお祝いをしてくれるということだった。
この場所を最初に見つけたのは陽太だ。康広にどこからか重そうなベンチを持ってこさせ、俺たちだけの秘密基地だと言っていた。不思議と私たち以外の人間がこの場所にいるのを見たことがない。本当に秘密基地なのかもしれない。
仁美は私の人生の中で一番多くの時間を共に過ごしてきた子だ。この地に越してきて最初にできた友達で、思えばいつも私を守ってくれていたように思う。
私は昔から気が強く、一度嫌悪した人に対して、建前でも好意的な態度を取ることができない不器用な性格だ。
それが災いしたのもあり、クラスの子達から嫌われていたので、いつもクラス中と対立していた。私が誰かに詰め寄られるようなことも多々あったが、そんなときは仁美が震えながら間に入ってくれた。学校の帰り、いつも私の家の前まで送ってくれるから、てっきり近所に住んでいるのだろうと思っていた。仁美の家が学校を挟んでまったく逆であることを知ったのは、出会ってから2ヶ月経って始めて仁美の家に遊びに行った時だった。
給食に私が唯一食べることのできないカレーが出た時は、いつも仁美が食べてくれた。カレーが食べられない私は、他の人の三分の一ほど人生を損しているらしい。
「だからカレーが出た時はどんなカレーだったかあたしが説明してあげる」
と笑って言っていた。私は仁美の笑顔が好きだ。控えめに見える八重歯と、左右対称のえくぼがただでさえ可愛い笑顔のアクセントになりより可愛くなる。放つ言葉は上品とは言えないが、内に持つ優しさと純粋さは私を穏やかな気持ちにさせてくれた。
仁美はいつも優しい温もりをくれた。
陽太は小さいくせに仕切りたがりだ。 そして女にだらしない。本人曰く、甘いマスクでいつもその場しのぎの調子のいいことを言ってしまうせいで、後々面倒なことになってしまうとのことだ。別に甘いマスクではないが、そのとおりである。その尻拭いをこれまであたしたちが一生懸命にやってきたのだ。足元にひれ伏し涙を流しながら感謝されても感謝され足りない。
いたるところで「いい感じ」の女性を作るから、いたるところで面倒なアリバイを画策する破目に陥るのだ。被告の潔白を証明する証言者として何度使われたことだろう。胡散臭いランデブーの遅刻やキャンセルの責任を何度押し付けられたことだろう。つまり、こいつは言い訳をするときに勝手に私達の名前を使うのである。
ある日私の分身が、刑務所を脱走した凶悪犯に人質にされた。待ち合わせ場所に向かう途中でたまたまその様子を目撃し、助けにきた陽太は卑劣極まりない凶悪犯の罠によりピンチに陥ってしまう。しかしその様子を見た私は怒り、凶悪犯を組み伏せた。凶悪犯は死にはしなかったものの全身粉砕骨折という重症をおった。あげくに、破壊の衝動に目覚めた私は迸るアドレナリンに従い、関係のない人間を巻き込みながら町中を暴れ狂った。だが、陽太の2時間による必死の説得の結果ようやく正気に戻ることができたのだ。町に平和が戻ったのである。
この話しを考え、あまつさえ遅刻の理由として使っていた陽太はアホを通り越して凄い。
今まで陽太と一緒にいる女の子と顔を合わせると決まって
「ああ! あの!」とか「お話聞いてます! 凄いですね!」などと言われていた。
いったい何が凄いのかはいつも聞かないことにしている。アホで、お調子者で女にだらしなくてどうしようもなく見える陽太だが、彼の言う「大丈夫」という言葉には魔法のような力があった。私が落ち込んでいる時や、不安になっている時に陽太がこの言葉を掛けてくれると、不思議と心に覆いかぶさっていた曇り空のような薄暗いベールが消え、軽くなる。
陽太はいつも光をくれた。