ひょんなことから死にかけた夜は久々に腹が減った

ひょんなことから瀕死になり救急車で運ばれた。
そこからの一日半はもはや朦朧とする意識の中で力石ばりに水をくれーッ!と叫んだことしか覚えていない。
えげつない脱水を起こして呼吸困難に陥ったとのことだった。

ケモノと化した私が自我を、ヒトとしての理性を令和の医学によって取り戻したのは当然病室である。

しばらくは思考を空にして身体が軋むほど目を閉じていれば時が過ぎていったが、何と睡眠にも限界があるのだ。
つまり、昼間寝ると夜眠くないのだ。

となると夜は長い。

21時には消灯、4分割されたスペースに病人が薄いカーテンを隔ててゴロゴロしているものの寝付けないのか半分意識がないのか唐突にフワーーッとあくびと咆哮の混じった音を出す爺さんや少し離れた廊下で痰を出そうと奮闘する爺さんや急にピピッと機械音が鳴り出す爺さんと多様な爺さんに囲まれて時計を見ると11分しか進んでいない。

永遠に延々と続く病棟の夜。

そこでううううと背を丸め気が狂いかけながらも脳に浮かぶ希望がある。

朝ごはんだ。

飯なのだ。

日常生活において、食べたいときに何か食べられないということはほとんどない。
「腹減ったなぁ」と思えばドラクエばりに冷蔵庫を開けたり戸棚を漁ったり最終的にカニカマで妥協したりもする。
結果的にいつでも何か食べられる状態が当り前な暮らしからひょんな瀕死による病院生活によって空腹と言うものを久々に味わったのだった。

ああ、腹が減った!食べたい、もうこんなにも!
スマホで料理のページをペラペラ読み、作ったこともないシンガポールご当地グルメまで閲覧しだした。

朝ごはんまであと、6時間。
6時間!6時間、ああ、頭がおかしくなりそうだ!

私の大切な睡魔が昼間の私によって過労死したこの6時間、私はあらゆる思索を巡らせた。

「もし、私が世界一サッカーが上手かったら、すごいのになぁ」
「12億持ってたらすごい有意義に使うのになぁ」
「キーマカレーとか食べたい」

結局食に帰結してショボい思索は事切れ、ただ夜の終わりを待った。

途中薄っすらとした眠気や、朝に蠢き出した老人たちの奇声、一定のタイミングで鳴るどこかのナースコールなど数々のイベントを乗り越えついについに!

朝ごはんの時間だ!

それはまさに私の求めていた「ひとつなぎの財宝〈ワンピース〉」であり7つ玉でありラピュタだった。

野菜と米が出汁の旋律でタンパク質と踊っている!
その繊維、あらゆる分子が私の脳を、身体を、舌を歓びへと誘う!

美味い!何て美味いんだ!
普段なら「君ィ!帰りたまえ!」と冷たくあしらってしまいがちなほうれん草のお浸しも今日は完全なるダンスパートナーでゴキゲンと言わざるを得ない。

とにかく、腹が減っていると何でも美味いという話です。

地方都市に住むにんげんです。 なにか思ったことなど、カタカタ書いておきます。