マガジンのカバー画像

ガイナーレ鳥取雑記集

97
ガイナーレ鳥取について書いた「#オールガイナーレ」と題したシリーズ以外のものです。概ねくだらんのですが、まあ一度お読みいただくと、俺のガイナーレ鳥取への(とてもしようのない)フリ… もっと読む
運営しているクリエイター

#エッセイ

可児壮隆という選手に惚れていた

この選手は来年も活躍してくれるだろう。そして、来年買う予定のユニにも彼の番号を入れたい、と思っていたところが…… おい、ちょっと待て。 こらどういうこっちゃねん! ……と、デカい文字で叫びたくもなろうってものだ。 2020年と2021年には自主的に番号を入れてユニを買っているばかりか 懸賞で彼のサイン入りユニまで当てている始末。こちらはサイズ違いなので着用はできないが、キッチリ保管している。 彼も30歳になった。 彼のnoteやTwitterを見

たかが20年、されど20年

思えば、ガイナーレ鳥取の前身であるところのSC鳥取の試合を、2002年に初めて観に行って以来、20年が経とうとしている。 この辺にもチラッと書いた2002年夏の東山での試合から、早20年だ。 まだこの頃は、ブクブクと肥えていた……のではなく、いや、一応そうなんだけど、そういうことじゃなく、元気だった。何より、サッカーに確実にのめり込んでいった時期だった。 サッカーへの関わり方は、この20年でかなり変わった。脳梗塞なんてする前は、バリバリ応援活動に勤しんでいた。しかし、最

1-8でも0-1でも一敗は一敗。でも、その価値を決めるのはチーム自身だろう

このまえ、チュウブYAJINスタジアムで、ガイナーレ鳥取vsAC長野パルセイロの試合を見た。 ご存知の方もいると思うが、試合結果は何ともはや、惨憺たるものだった。 私はベンチの声が聞こえる辺りにいたのだが、だんたん金監督や増本コーチの怒声ばかりが聞こえてくるような状況になっていった。 サッカーは元来、点が入りにくいスポーツだが、そんなイメージを覆すようなペースで失点を重ねた結果、チームがこの場に於いて醸し出すはずの一体感は、徐々に得体の知れない焦燥感へと転化していった。

Axisバードスタジアム

自分の場合、まあ、やはりここでしょ。 ここの大抵のところには行ってるからね。メインスタンドはもちろん、バックスタンド、ホーム側のゴール裏にアウェイ側のゴール裏。何処にも入ってる。 今はこんな感じのデカいヴィジョンになってるけど 昔はこんな感じのスコアボードだった。 ここでは、いろんな試合を観てきた。 雪に降られて顔に吹雪が直撃して参った天皇杯の清水エスパルスvs湘南ベルマーレ(2003年)、大昔のファジアーノ岡山が中国リーグ入りをかけて鳥取キッカーズFCと入れ替え戦

聖地・東山

昔、鳥取県米子市にあるどらやきドラマチックパーク米子東山公園陸上競技場は、その名もズバリ「聖地・東山」と呼ばれていた。 SC鳥取、そしてJリーグに参入するまでのガイナーレ鳥取が、主たるホームスタジアムとして使っていたからだ。 ハッキリ言ってしまうと、地方の小規模陸上競技場でしかない。ついでに言うと、自分が昔住んでいた場所に実は程近い。まあ、それはどうでも良いことなのだが、その事実を知った時は少し嬉しかった。 しかし、何故か印象に残っている。 スモールパッケージなスタジ

現状の私なりのガイナーレ鳥取との関わり方

今の私には、やりたくてもできないことがわりとたくさんある。 その中の一つが…… ゴール裏での応援 ……である。 以前、ガイナーレ鳥取のゴール裏の主に右側で、バカでかい声を上げていた肥ったおっさんがいたなあ、と何となく覚えている人も、中にはいるかもしれない。 まあ、今ではゴール裏のメンバーも代替わりしたんだろうし、私のことなんざ知らないって人も増えただろう。でも、別にそれはどうでも良い。 確かにある時期までは、私はそこにいたんだから。 2006年頃の一時期、ゴール裏の

強小戦士ガイナマンというもうすぐ誕生日を迎える彼について

強小戦士ガイナマン。 説明するまでもなく、ガイナーレ鳥取のマスコットキャラクターだ。 ガイナマンは賢い。こういう「発見ノート」と称するものをやって、学びの心を忘れない。自分のような怠惰なおっさんにはついつい見逃してしまうようなことでも、この知的好奇心の塊には嬉しいことだろう。 そして、何といってもアクティヴなお人だ。スタジアムでもお馴染みのこちらのガイナマン体操。これなどは相手のサポーターたちにも好評だが、もっと知られるべきだろう。 この体操だけではない。スタジアムで

サッカーへの思い

今更、サッカーへの思いも何もないけど、とりとめなく書いてみる。まとまりのない駄文だが、しばし勘弁していただきたい。 サッカーは面白いスポーツだ。 フィールド上に存在する11人の人間たちで組んだチームが、様々な思惑の下に、統一化された意思を以て試合に臨み、様々な結果を得ることになる。 試合には勝つこともあれば、負けることもあり、決着がつかないことももちろんある。 試合に臨む方法論も多種多様だ。 それら方法論の一種である「戦術」を解明する、俗に言う「戦術オタク」が最近たく

短歌という、ヘボな上におよそ自分に似合わないものを作るのが実は隠れた趣味だったりする

自分の意外な趣味と言うか、何と言うか。その一つに短歌がある。ただまあ誇れるようなものでないことだけは確かで、出来は総じて不味い。下手の横好きと呼んで差し支えないものだと思う。 にもかかわらず、短歌は好きだ。 似たようなものだと思われるだろうが、俳句は詠めない。というより、俳句を詠む自信がない。 何故かと言えば、ぶっちゃけ、季語を完全には知らないからだ。だから自分がやると、俳句でなくてほぼ全部が川柳になる。 そういうツッコミが入るのはシャクなので、俳句は仮に求められることがあ

サッカーの現場を久々に見たくて米子に行った話

初めにお断りしておくが、記事中に出てくる写真は、特記のないものは、2020年11月22日のヴァンラーレ八戸戦当日に撮影している。そうでないものについては随時、撮影時を記載している。 序ガイナーレ鳥取に限らず、シーズンの初観戦が終盤戦だなんて、たぶん今までなかった事例だ。それもこれもみんな、COVID-19がいけない。あれで全ての目算が狂ってしまったと言わざるを得ない。 一例として、チケットの紙発券が廃止されてしまった。あれは非常に不便だと思う。別に会場のブースで個人情報ぐら

遠くへ行きたい~そのついでにAXISを履いてAxisバードスタジアムに行こう

日テレ系で日曜日の朝にやってる旅番組や、その主題歌のことを書きたいのではありません。この曲そのものは良い曲なのですけど、それはそれ。 いやほら、何しろ、このところCOVID-19のせいで旅に縁遠くなって。そりゃまあ、GoToトラベルだか何だかやってますよ。でもね、何か自分的には付加価値みたいなのがないとなかなかね。 自分ってこう見えても名うての出不精ですし。しかもですよ。憩室から出血したのが、わずか3ヶ月程度(初回が4月初旬、2度目が7月上旬から中旬にかけて)で再発してるの

フェルさん

とうとうこのリリースを見る日が来てしまった。 遅かれ早かれこの日は来ると思っていたので、このリリースにも特段の驚きはないが、しかしながら、フェルナンジーニョがガイナーレ鳥取で現役を辞める、というのは、やはり感慨深い。 なお、以下文中では敢えて「フェルさん」と呼ばせていただくことをご了承願いたい。 フェルさんの鳥取加入の挨拶があったのは、2014年6月22日の藤枝MYFC戦@チュウブYAJINスタジアムのハーフタイムでのこと。 そこから遡ることおよそ10年。ガンバ大阪に

ジレンマの中のシーズン・・・だが

例年とは異なり、6月下旬というナイトゲームたけなわの時期からシーズンが始まったこともある上に、例のCOVID-19が猛威を振るっていることに加えて、自分自身の体調に不安もある(何しろ腸内にできた憩室からの出血に起因して2度も入院する有様)ために、残念ながら今季はまだ試合に行く機会を得ていない。 この先もCOVID-19の状況と自分の体調次第では、鳥取に行けないシーズンが続きそうだ。少なくとも9月中は日程が合わない感じだと思う。 4月ぐらいの頃は、この時期を乗り越えれば夏以降

二十歳の頃の自分に手紙を書いてみた

少し前から、漠然とやってみたいことがあった。若い頃の自分に手紙を書くとすると、どういう手紙を書くだろう?というもの。 自分は1969年1月1日という、めでたいのか何なのかよくわからない日にこの世に生を受けた。たまに自分の誕生日を珍しがる人も見かけるが、もうこの歳になると、あんまりそういう人もいないと思える。 日にちが珍しいだけで、人間なんていつでもどこでも生まれて死ぬものだから、いちいち感慨に浸ってもいられないだろう。 でもまあ、この際だから、二十歳の頃の自分に宛てて、手紙