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「泣く」ということについての覚書

ある朝、寝ぼけまなこをこすりながら、コーヒーを、自分1人のために丁寧に淹れた。お気に入りのファイアーキングのカップにちょうど一杯分、というのがいつもむずかしい。コーヒーポットの目盛りの一杯と二杯のちょうど真ん中なのだ。

カルディで買ってきた、まだなんとか鮮度を保っているコーヒー豆を、ミルでギュイイインと挽く。耳障りな器械音を聞きながら、ふと、自分にとって尊敬する人が亡くなったときぼくは泣くんだろうか、と思った。

歴史が好きだった。幼少のころ、小児ぜんそくになったぼくは、運動を控えるようになった。空手をやったりマウンテンバイクをやったりする体育会系の父親は、若干失望したかもしれない。
そんなとき手に取ったのが、日本の歴史をマンガで描いたシリーズだ。あまりの面白さと生き生きとした描写に心惹かれ、夢中になっていった。小説にも手を出し、司馬遼太郎、山岡荘八、といった歴史小説を読み漁った。奈良時代の僧侶も、縄文人も、幕末の志士も、平安時代の貴族も、明治時代の軍人も、だれもが輝いて見えて、だれもに親しみを感じていた。

豆を挽く音が止まった。下のケースから初々しいコーヒーの粉を取り出し、三角形のドリップにセットした紙のなかに、サラサラと盛っていく。挽いたばかりの豆特有の香ばしさが、朝の少しホコリっぽい室内に、ほのかに漂う。

ある人に言われたことがある。
「あなたは、昔の人のエピソードを、友人の近況のように話す」
たしかにそうかもしれない。少し走るだけで咳き込んでしまう虚弱な体質だったぼくにとって、本の中ですぐに出会える人物たちは、親しみやすくて、ちょっぴり愛らしくて、そして尊敬する相手だった。親愛の情、ってやつを感じていたのだ。

高校、大学と進んでいくうちにぼくは、ルポルタージュ、というものにも手を出した。沢木耕太郎の「深夜特急」に興奮し、彼が実際の出来事や人たちを活写した物語にのめりこんだ。そのあとぼくは、自分の青春の鬱屈した想いをとじこめた小説を書いて応募して、それが新人賞の最終選考に残ったり、沢木の「一瞬の夏」に感銘を受けて、取材やそれ以上に人に関わって物事を動かしていくことに惹かれはじめたりしたが、それはまあ、別の話だ。

ティファールでコポコポと沸かしていたお湯を、口の細いヤカンに注ぎ直す。こうすることで、温度を百度から少し下げ、コーヒーをふくらみやすくするのだ。
ふう。
ぼくは一息吐いて、コーヒーの粉をこんもり盛った中心めがけて、お湯を流し入れる。むかし勤めていたバーのマスターが教えてくれたとおり、「置いてくるように優しく」お湯を注ぐ。

大学生から社会人になる頃には、鈴木敏夫や糸井重里にも惹かれた。最初は歴史小説家にあこがれ、司馬遼太郎がむかし新聞記者だったのもあって、文章を仕事にしていきたいと願っていて。そしてそれが少しずつ叶っていく中で、「文章を使いこなしながら、面白いものを作っている」人たちに憧憬を感じたのだ。まるで歴史上の人物を見るように、たとえばスタジオジブリのドキュメンタリーを観たり鈴木敏夫の著書を読んだり。糸井重里にはじめて会ったとき、緊張のあまり、トンチンカンなことを口走りそうになったり。『もののけ姫』のとき宮崎駿や鈴木敏夫とやりとりしたキャッチコピーの逸話、とかを思い出したりした。
ああ、そうだ。
くそう。宮崎駿だ。

こんなゆったりと、コーヒーを淹れながらぼくが朝っぱらからこんなことを考えているのは、宮崎駿のせいだ。先日寝る前に、宮崎駿のドキュメンタリーを見たからだ。
あるIT企業の会長が宮崎に怒られたことが話題を呼んでいたやつだが、ぼくにとってそんなことはどうでもよくて、「ああ、かっこいいなあ」なんて単純に感じ入っていた。
そして映像の中で老いていく監督の姿を見ながら、ふと思ったのだ。
この人が亡くなったとき、ぼくは泣くんだろうか、と。

一回蒸らしたコーヒーに、しばらく時間をおいて、今度は細く長くお湯を垂らしていく。「の」の字を書くように、とよく言われる。ぐるぐる回しながら、お湯のふくらみを作る。ハンバーグみたいな半球が、モコモコと盛り上がる。ポットには、ポトポトと焦げ茶の液体が落ちていき、先ほどの香りがふくよかに、ゆったりと部屋中に広がっていく。
むかしは苦戦した、ファイヤーキングのちょうど一杯分は、いまではちゃんと目分量で淹れられるようになっていた。コーヒーが満たされたポットから、使い古した、よく言えば「味のある」カップに、とくとくと注ぎこむ。
ああ、今日も我ながら美味そうだ。美味いコーヒーは、それだけで朝を幸せにしてくれるものだ。

ぼくには、知り合いでも家族でもない人が亡くなったときに泣いた経験は、今のところない。
藤子・F・不二雄も、司馬遼太郎も、岩田聡も、高畑勲も、泣かなかった。
でも、彼らが亡くなった時に感じた、つんとした胸の痛みは、どんどん蓄積されているように思う。
花粉症は、その人の花粉の許容量がこえた時、発症するという。亡くなる痛みも、同じかもしれない。いつしか僕は泣くかも知れなくて、それはひょっとしたら、宮崎駿の時かもしれない。

まったく同じに重なることはない人生は、螺旋のようだ。そう、今目の前にある、「の」の字で淹れたコーヒーみたいに。完全な円ではなく、徐々にずれていく。同じ足跡をたどることなく、近いところを歩み続けながら、いつしか、もともとの形とは異なっていく。

ああ、そうか。
逆に、尊敬しなくなったとき、ぼくは泣かなくて済むのかもしれない。そっか、これは残酷な話なんだな。泣かなくて済む、ということは、幸せであり、不幸せなことだ。泣ける、ということは、不幸せでありながら、幸せなことだ。
叶うなら、ちゃんと泣きたい、とさえ思った。

淹れたてのコーヒーに口をつけた。ホットコーヒーが大好きなくせに、少し猫舌なぼくは、最初は熱くて味がわからなくなるから、温度をたしかめながら、チビチビと飲んでいく。噛むように、噛みしめるように、飲む。人生の哀しみも、尊敬した人の逝去も、そんな感じで飲めればいいのに。

これからの人生で何度、涙を流すだろう。何度、尊敬する人をなくすだろう。でも少しぐらい悲しんでも、次の日にはきっとぼくは、朝からこうやってコーヒーを淹れているに違いない。日常としての象徴の行為。平静に戻るための、大事な儀式。螺旋を描きながら、くるくる、くるくると。
人生が回る。
日常が、回ってゆく。

以前、あるジャンルのカリスマが急死した。彼女を愛していた作家たちが、様々な形で哀悼の意を表した。それぞれの文学性のある悼み方をネットで読み比べて、作家というものの業の深さを感じたものだ。ふつう、誰かが死んだら、悲しいか悲しくないか、泣くか泣かないか、だ。それを、いろんな言葉を尽くして、陰影のあいだに漂う形容しがたい感覚を捕まえて、叙情的に吐き出さなければならない。悲しい、追悼する、という言葉を使わずに、それをめいっぱい表さないといけない。それは、幸せなことなのか、不幸せなのか。

宮崎駿がドキュメンタリーの中で見せたラフなアニメーションは、ただただ、すばらしかった。虫たちの群れが、思い思いにうごめいている様子を見事に作り出していた。ループして、半永久的にぐるぐると繰り返される様を見ながら、美しい、とひたすら感じ入っていた。

朝から飲むコーヒーは、予想通り美味くて、ぼくは「うん、美味い」と独り言を言った。それで、この時は充分だった。
コーヒーミルも、ドリップもポットも、ファイヤーキングのマグカップでさえも、そこには簡潔な機能しかない。ただ、「美味しいコーヒーを淹れて飲む」ためだけに存在する。その簡潔さに、救われることもあるのだ。今のぼくみたいに。
同じくらいの簡潔さで、尊敬する人が亡くなったときにも哀悼の意を表したい。ただ、泣き崩れたい。

コーヒーは、ブラックの、苦いやつが好きだ。それが美味い、と思うのだ。
同じぐらい苦くて美味い、そんな思い出が増えますように。そしてちゃんと、泣けますように。

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