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自然妊娠率と体外受精の妊娠率の比較で卵子凍結の優位性は語れない

東京都で卵子凍結費用の助成が開始されたこともあって、あちこちで卵子凍結の話題を目にするようになりました。

そんな中、先日Twitter(現X)で見かけた卵子凍結に関する記事に「卵子凍結の妊娠率は、自然妊娠よりも高い」という見出しが…

いったい何と何を比較しているのだろうとサイトを確認してみると、比較されていたのもが、体外受精の移植あたりの妊娠率1周期当たりの自然妊娠率の比較でした。そしてそれ以上に驚いたのが、リンクされている記事の大元が、私が別サイトで書いた記事だったということです。

リンク先の記事は、卵子凍結との比較を意図して書いたわけではなかっただけに、このような使われ方をしてしまったことに憤りを感じているのが正直なところです。

この記事ではリンク先の記事を書いた目的と、自然妊娠率と体外受精の妊娠率の比較で卵子凍結の優位性は語れないことについて説明していきたいと思います。

*大元の記事をリンクさせようかどうかかなり悩みましたが、名指しでの批判になるためこの記事ではあえてリンクは貼らないことにしました。ご了承ください。

実は思っているほど高くない「自然に妊娠できる確率」の記事にこめた思いとは


卵子凍結サイトの記事にリンクされていたのが上記の記事です。

この記事を書いた時は、不妊治療の保険適用が始まる前だったこともあり、体外受精になると費用が高額になるため、ステップアップに躊躇するカップルも少なくありませんでした。

「そのうち自然妊娠できるのではないかと思っているのですが…」ご相談時にそんな話を伺うこともありました。

そして当時はネットで自然妊娠率について検索すると、「1年で8割から9割の人が自然妊娠します」と書かれているものがほとんどで、年齢を重ねるにつれて妊娠率は下がるとは書かれてはいるものの、具体的な数値を示した記事はほとんどありませんでした。

1年で8割から9割自然妊娠するのは20代まで、30代以降は6割、5割と低下していくということを、これからどのように妊活を進めるかにあたって知っておいてほしいという思いで書いたのが上記の記事でした。

体外受精のステップアップに悩んでいる人の背中を押すキッカケになればいいなと思って書いたもので、卵子凍結を推奨するために書いた記事ではありませんでした。

どういう意図でリンクを貼られたのかはわかりませんが、自然妊娠率が低下するから卵子凍結をしようと進める意図は書き手にはないことだけはここでお伝えしておきたいと思います

体外受精の移植あたり妊娠率と自然妊娠率を比較して卵子凍結を語ることは出来ない


実際に記載されていた数値に触れながら書こうと思っていたのですが、ちょっとデータの引用の仕方に疑念がわいてきたので(Twitterでは呟いたけど)、細かな数値には踏み込まずに解説していきます。

記事の中で卵子凍結の妊娠率という表現が使われていましたが、現時点で日本産婦人科学会が発表している年齢別卵子凍結の妊娠率データはありません。

現在多くのクリニックが参考にしているのは、クリニック独自の計算方法で出したものや、海外のデータ(HumanReproduction,vol.32,No.4p853-859,2017 )になります

今後凍結した卵子を使用した人が増えてくれば、日本のデータも出てくるのでしょうが…

卵子凍結サイトの記事で使っていたのは恐らく、日本産婦人科学会の以下のデータかと思います

(ただこのグラフから読みとれる数値と実際に記載されていた数値に一部、違いがあることから、他にも数値があるのかと探しては見たのですが見つけることは出来ませんでした。日本産婦人科学会のデータから引用と書いてあるので、このグラフの元データである可能性が高いと思っています)

記事内で、「良好な受精卵が確保できた場合の1個あたりの妊娠率」と記載されていることから、移植あたりのデータ(青線)を使っているのだろうと推測できます。

そして比較されていたのが、コチラの1周期当たりの自然妊娠率の数値でした

1周期当たりの自然妊娠率
25歳 25%~30%
30歳 25%~30%
35歳 18%
40歳 5%
45歳 1%

確かに数値だけを見れば体外受精の方が妊娠率は高くなります。特に移植あたりの妊娠率(青線)と比較するとその差は顕著です。
(ただ総治療あたりの妊娠率(赤線)と比較すると差が出るのは35歳の数値からなのですが…)

ただこのデータを使って卵子凍結を語ることは、私は無理があると考えています。

移植にたどり着くまでには様々なハードルがあり、移植あたりの数値と言うのはそれらのハードルをクリアしたものになるからです。

体外受精で移植までたどり着くには…
1 精子と卵子が受精
2 受精卵が分割を開始する
3 初期胚に到達 (ここで移植することもあります)
4 胚盤胞まで分割
という過程をたどる必要があります(かなりざっくりと書きましたが)

この胚盤胞にたどり着くのはクリニックや年齢によっても違いますが、3割から5割前後。良好胚盤胞となるとさらにその確率は下がります。
(クリニックによっては胚盤胞到達率が5割以上と言う成績を出しているところもありますが、そのようなクリニックはそこまで多くはありません)

また中には10個前後採卵しても1個も胚盤胞にならなかったという人もいるぐらいです。

だからこそ体外受精の移植あたりの妊娠率は自然妊娠率と比べると高くなります。受精しない、分割しない、移植できる胚にならないというのがデータから省かれているのですから、当然と言えば、当然なのですが…

では卵子凍結の場合はどうなのでしょうか?

卵子凍結の場合は未受精の卵子を凍結することになります。そのため通常の不妊治療の流れにさらに未受精卵の融解という流れが追加されます。

また未受精で凍結させていることから、顕微授精というさらに高度な授精技術が必要となります。

そう考えるとあくまでも予測ですが、通常の体外受精より採卵個数あたりの胚盤胞到達率は悪くなることが考えられます。

確かに20代の卵子凍結と45歳の自然妊娠を比較すれば、20代の卵子凍結の方が妊娠率はあがるでしょう。

しかしこのような極端な年齢差がなければ、「卵子凍結の妊娠率は、自然妊娠よりも高い」とは一概には言い切ることは出来ません。

また5個しか卵子凍結しなかった場合と、20個以上卵子凍結した場合でも最終的には妊娠率の結果は変わってくるでしょう。

そして何より通常の体外受精と違うのは、凍結した卵子を使用するのは5年後、10年後だということ。その時に採卵した卵子の結果が芳しくないからと言って、別の方法で再度採卵しようしても、5年前、10年前の卵子は採卵できないということです。

まとめ

社会的(計画的)卵子凍結は、日本ではまだ取り組みが始まったばかりです。そのため、日本で凍結した卵子による妊娠率等の数値は十分にそろっていません。

今後、凍結卵子の使用で妊娠・出産する人が出てこれば日本独自のデータも出てくるでしょう。ただある程度のデータ数が揃うのはもう少し先になるでしょう。

体外受精での移植あたりの妊娠率と自然妊娠率から卵子凍結の優位性を単純に判断することは出来ません。

説明会等に参加する際はこのような情報も頭の片隅に置いておくことで、都合のよい情報に惑わされることなく冷静に判断することができるかもしれません。

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