![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/100606370/rectangle_large_type_2_60096642980298deb246fb337c3fa673.jpg?width=800)
作る
『おじいちゃんの封筒・限定百冊展』に行った。
元大工の棟梁だった、おじいちゃんが80歳くらいから95歳まで、朝から晩まで”只”作り続けた封筒があった。
手入れされた道具を使って、紙にやすりをかけたり、厚い紙を裂いたり。
”紙の仕事”とおじいちゃんは呼んでいた。
その封筒は誰に見せるわけでもあげるわけでもなく、只作られていた。
近くでおじいちゃんの紙の仕事を見ていたお孫さん
「繰り返された毎日から生まれた封筒に、大きな力を感じています。」
ずっとなにかを作りたいと思い続けてきた。
ただただ作りたい。
そこにある型をなぞりたい。
手を動かしたい。
生活の中で色々なものを作っている時間がとても幸せで、もっと作りたい。
生活とは関係ないものも作りたい。
作ることがただ好きだから。
でもなにかを作ったら、作った物をどうすればいいか分からない。
誰かにあげるのはおこがましい、捨てるのは気が引ける、売ることには責任を持てない。
ただ作りたいだけ。
なにか目的のあるもの、需要のあるもの以外を作ってはいけないような気がしていた。
作ることを生業としていない私には、作ることに嫉妬に近いあこがれをずっと持っていた。
でもおじいちゃんの封筒を見て、なんだかとてもすっきりした。
自分が望むものを作っていいんじゃないかと思えた。
おじいちゃんみたいに職人の技はないけれど。
作りたいものを作る。
その先はその時に考えればいい。
”作ること”をそこまで特別にしないで、もっと身近にできそうな気がした。
仕事ではなく、人に見せるでもなく、只々作る。
作る≒書く≒描く
世界が広がった気がする。