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光について

スマホから聴こえる彼女の声。
「ごめんなさい」と言って泣いていた。泣きたいのはこっちの方だと思った。だけど僕は何も言わなかった。僕の中に悲しみと憤りがバランス悪く混在している。

「ねぇ?」

と彼女は言った。

「ん?」

「何か言ってよ」

少しだけ考えてみたけど一体何を言えばいいのかわからなかった。僕に何が言えるんだ?
結局僕は何も言えず彼女の泣き声をスマホ越しに聴き続けていた。冬の雨みたいだなって思った。

「冬の雨って残酷よな」

と僕は言った。

「え?」

と彼女は聞き返してきたけど、僕は通話を切った。部屋は透き通ったような優しい静寂に満ちていた。窓の外は雲ひとつない快晴だった。「気持ちいいくらいに晴れてんのもおんなじか…」

僕はそっと目を閉じた。








くたくたになるまで仕事した帰り、楓はスーパーに寄る。晩ごはんを作る体力は望めない。売れ残った安売りの弁当を手に取り缶ビールも買う。そうして帰宅してそれらを食しながらノートPCでYouTubeをなんとなく観てる。適当に開いたチャンネルでは芸人さんたちがおもしろおかしくトークしてる。特に興味があったわけでもないけどなんとなく観て楓も時々つられて笑ったりした。

私にもし今彼氏がいれば動画なんて観ずにどうでもいいような話を聞いてもらったり彼氏の話聞いたりとかしながら過ごすのかな。もし2人に子供がいれば他にやることが多すぎてそんなことさえ思わないかもしれない。きっとその時生活の軸は私には無いだろうしね。

妄想が過ぎる?

昨日の飲みの席で「子供なんて居たら居たで大変だよぉ」と陽菜は言っていた。その話に乗っかるように「彼氏にしたって同じよ。居たら居たで構うのが面倒くさい時なんてしょっちゅうあるよ」と夏実が言った。「あ!それ、わかるぅ〜」と2人は共感しあって笑っていた。じゃあ今そのどちらも無い私は面倒が無くて幸せなのかというと、そうでもない。だけど私は「それもそうだね」と笑って答えた。

2つの違う話に対して一言で片付けるまでが私にできる最大の反抗だ。

孤独というのは無いものねだりかもしれないなって思った。たぶん、あったらあっただけの不満があるし、ないならないだけの不平を感じるんだろうな。

それで、私は一体どうしたいんだろう?それでも無いものを求めていくのかな。いつのまにかビールはぬるくなり、芸人さんたちはいつまでもおもしろおかしかった。








意味のないことを続けている。それでも何かは積み重なっていくのかな。スマホの光だけが深夜の部屋に浮かんでる。誰かが見てくれてるか。そんなふうに考えたりもするが、きっと誰も見ないだろうと思う。それほど誰かに興味を持たれて生きてきたわけじゃないしこれからもきっとそうだろう。鴉は膨大に錯綜する流れの中を誰の目にも止まらず泳ぐ鳥だった。それでも投稿することをやめれないのはやはり誰かに見てほしいからか。いや、さらに言えば誰かの心を動かしたいから。いや、もっと言えばみんなに認められたいから、なのかな?

「ここの比喩なんてすごくよくわかります。こういうふうに書けるなんて鴉さんめちゃくちゃすげーなって思います」

眠気と引き換えに放たれた投稿にコメントするものはいない。いいねを押すものもいない。この瞬間の気持ちがおれにはたまらない。孤絶を突きつけられたようで虚しくもなる。でもその中に説明のつかない悦びのような何かを感じる。悍ましい慈愛、みたいな矛盾を孕んだ感情。おれは本当は何を求めていたんだろう?

「鴉の書く詩のようなツイートのような文章、僕は好きだけどね」

おれは人の言葉を信じていない。それは移ろうものだから?誰も本音を言わないから?みんなお前を相手するのを面倒に思いお世辞を言ってるだけだから?

「わたしは頭が悪いから難しい言葉とかわからないし、勘が鈍いからその奥に隠された気持ちとか全然わかんないけど、だから気の利いた言葉とかかけてあげれないかもしれないけど、また話そうよ」

空が少し明るくなってきた。

そうか。世界で一番かなしいのはたぶん…








あの子が生まれてきた時のことを今でも憶えてる。もう何十年も前の事だというのに少しも褪せることなく鮮明に私の中に記憶されてる。あの瞬間の匂いや、痛み、風景。わたしが生きてきた人生の中であれほど幸福に満ちた痛みはこれから先もきっとないんじゃないかなってそう思う。あの子は私に会いに来てくれました。ずっと待ってた人にやっと、やっと会えたってそういう感じ。え?そうよ、だって私ずっと子供ほしかったんだもん。だからね、嬉しかったぁ…もうこのまま死んじゃってもいいやってくらい嬉しかった。ふふ、そうね。死んじゃってもいいってのは変な言い方だけど、まあでもほんとにそれくらい嬉しかった。うん。そう。

最近?いいえ、全然会ってないわ。まぁ、近くに住んでるわけじゃないしね。連絡?ああ、どうだろ?最近はあまり取らなくなってきたかもね。
でも私はあの子のことを思わない日はないわ。
いつでもあの子が幸せでいてくれることを祈ってるの。

昔ね、あの子が仕事中に交通事故に遭ったことがあったの。危篤状態で集中治療室に運ばれて。そこからあの子の意識が戻るまでに4日かかったんだけど、その間ずっと私も事故に遭ったのと同じくらい辛くて痛かった。あの子が死ぬかもしれなくて私、毎日涙が止まらなかった。だから目覚めた時は本当にみんなに感謝した。

そう。お医者様にもあの子にも神様にも。

親子ってそれぞれに色んな関係性があるのかもしれないけど、私にとっては何よりも特別すぎてもう全部あげれるのよ。ん?全部っていうのは、全部よ。私の全てをあげてもいいの。あの子が生きているんなら私は何もいらない。

ごめんね、色んなこと思い出しちゃって……うん、ありがとう。

だからね、今はこうやって一人で暮らしてるけど寂しくはないの。そりゃあ会えたらめっちゃくちゃ嬉しいわよ。きっともっと一緒にいたいって思うでしょうね。でもそれはそれ。私にはあの子がいるから全然寂しくないの。

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