とある
古民家のような喫茶店の窓際、そこに小さな樹のテーブルと背もたれのついた樹の椅子が2つ置かれ、その席に男女が腰掛けて静かに語り合っていた。
そして窓から射す光がそこだけ隔離された場所のように見せている。
「もしも心っていうものがかたちある物体だとしたら、そのかたちは常に変化し続けてると思うんだ」
女は頷くこともなく男の話を聞いている。
「そしてそのかたちが隣り合ったパズルのピースみたくどこかで合致する時が来るような気がするんだ」男は力強い眼差しで女に話していた。
女は口元だけに笑みを浮かべながら「私とあなたがということ?」と訊ねた。
「或いは」と男は言った。
女は目の前に浮遊する言葉を確かめるみたいに二人の間にある空間を見つめながらそれについて考えていたが少しして視線を窓の外へ向け
「それはどうだろうね」
と小さく笑って言った。
男は女を見ていたが視線を降ろし自分の手の平を見つめながら苦笑した。少し淋しげなようにも見えた。
男はゆっくりと目線を上げて「勿論これは何もかもが不確かな話だけど、もしもその時が来たら僕は君をちゃんと愛せると思うんだ」と言った。
女は男が話す少しの間彼を見ていたがまた窓の外を見た。
沈黙があった。
1、2分くらいか
どちらも何も話そうとしなかった。
女は全然別のことを思っているのか涼しげにも見える表情で窓の外を見続けている。
男は何かを見失ったように俯いた。
「もしそうだとしても私はその気持ちには応えることが出来ないと思うわ」と女は窓の方を見たまま言った。
「それは確かな事なのか?」と言って男は女を見た。
「今だって私はあなたの事は好きよ。」
女は男の目を見て言った。
「でも私はあなたの気持ちに応えれるとは思えないの」
男はその言葉をうまく受け取れない様子だった。頭ではちゃんと理解してるけれど心だけがその言葉を受け取ることを拒んでるのか。
再び沈黙が訪れようとしていた。
男は沈黙を恐れたのか焦って必死に言葉を探している。そして「もう一杯何か飲まない?」としぼり出すように言った。
女は自分の飲んだカップを眺めながら少し考えて「じゃあもう一杯だけ飲もうかな」と言った。
男は自分のカップに残っていた飲み物を飲み干してからウェイターを呼んだ。
やって来たウェイターは仕事に徹しているからか無機質で感情など持っていないというように振舞っていたが視線は女の方へ向けられていた。しかし男が2人分の注文をした。
ウェイターは表情を変えることなく注文を伝票に書き一礼して厨房の方へ去って行った。
「未来は誰にもわからない」ウェイターが去るとほぼ同時に男は話し始めた。「なのに君は応えることが出来ないと言う」
「あなたはいつか心のパズルのピースが合致すると言う」女は男を見つめながら言った「未来は誰にもわからないのに」
「僕らにはいったい何が見えているんだろう?」男も女を見つめている。
「互いの主観的な未来?」女は微笑みを浮かべている。
「或いは」
「アルイハ」
ふたりは突然吹き出して大声で笑った。笑い声が店内に響いた。
「君の言うとおりかもしれないね」と男は笑顔で言った。
女は笑いながら「何が?」と聞いた。
「僕たちはそれぞれに独自の視点を持っていてそれはとても小さい窓みたいなもので、その小さい窓の先にはその窓枠の範囲だけの未来が見えているのかもしれない」
「ほう」
「そこに映る君が応えれそうにないと言っているのかもしれないね」
ウェイターが先ほど頼んだ飲み物をテーブルの上に置きにきた。ウェイターは注文の飲み物だけを見てそれ以外どこにも視線をやらずに置き終わるとすぐに踵を返して去っていった。無表情だった。
「あなたの窓にも何か未来が見えたの?」と女が言った。「パズルのピースが合わさるところが見えたとか?」
男はそれにすぐには答えず、その質問について考えていた。
少しだけ間があってから男は独り言のように「違うな」と呟いた。
そのあと視線が女の方へ向き
「それは僕の希望に過ぎないのかもしれない」と先程よりか少し大きめな声で言った。
女は少しだけ眉が上がった。「その窓に希望が映し出されたということ?」
「そうかもしれない。映し出されたというよりは描き出されたというべきかもしれない」
「ふぅん」
「僕の希望なんてものはお絵描きするのとそんなに変わらないことなんだよ。どこにだって好きなものを描ける」
「僕はパレットの上に想像力で拵えた沢山の絵の具を使って必死にお絵描きし続けていただけなのかもね」
「未来の見える窓に?」
「そう。そしてその絵を描いていけば描くほどその窓の先の景色はその絵で見えなくなっていった」
「あなたは未来の見える窓にあなたの希望を描いたということね?」
「これは独善的な作品に過ぎないのかな?」
「どうなんだろうね」
女は男の目を見ていたがその目の中にある何か別のものを見てるようだった。男もまた女の目を見ていたが別のものを見てるみたいだった。
「その絵は一度見てみたいわ」
女は男の目の中を探検するように見ていた。そこに彼の描いた作品が発見できることを期待してか興味深く見つめていた。男はそんな女の視線には気づいていない様子でじんわりと悦びを噛みしめるように自分の描いた作品を眺めていた。
「タイトルは『希望』」と男は言った。
女は呆れたように、そして何かを赦したように微笑んだ。
「何の捻りもないのね」
男は笑った。
女も笑った。
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