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芙蓉

雨が齎すものについて思いを巡らせる。

なぜなら雨とは与えるというよりかは奪うものの象徴だったから。

窓から見える空に雨が止む気配はない。
陽が無い分だけ気持ちが沈んでしまうくらいなら、この一粒一粒に何が宿るかを想像してみよう。
仮定的でいい。

例えば別の街で降った雨が、その街を濡らしそこにいる人々を濡らしていく。その水分もいずれはまた気化し空に戻される。その時にその街での人々の思い出や記憶、その街にある空気、匂いみたいなものを少しだけ吸い上げて連れて行く。そうやってできた雲が今此処までやってきてわたしの頭上に降り注いでいるとしたらどうだろう?

わたしは今その思い出を眺めている。

匂いを眺めている。

そう思うとこの雨も悪くないな。

なんとなく外へ出てみた。
雨に濡れてみようと思った。誰かの大切で暖かな思い出に浸れるかもしれない。もしかしたらわたしの中にある妬みや嫉みを洗い流してくれるかもしれない。そう思いながら雨に当たっていよう。

お母さんがよく「雨に濡れると風邪をひくから」と言っていた。わたしは生まれてこの方、雨に風邪を引かされたことは一度もない。でもそれはお母さんが嘘つきなんじゃなくて、雨の種類の違いなんだと思った。ほら見てよお母さん、こんなにもやさしい雨。

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