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Anyonenostalgy

夜と朝の境目あたり。
静寂の国道は汚れも装飾も境目が曖昧で、私たちは車も通らない道路の真ん中を手を繋いで歩いた。

彼はずっと前を見たまま歩いている。今何を考えて何を思ってるんだろう?表情からは何も読み取れない。繋いだ手の温度もよくわからなくて私は一人でいるみたいに思ったりしながら歩く。ゆっくりした足取りで。不思議と酔いはそんなに残っていない。流れや勢いってわけでもなかったけど、切望していたわけでもなかった。予測できたことでもあったしもう起きてしまったことだから後悔もないのだけど悦びもなかった。気持ちよかったかどうかもうまく思い出せない。

大通りの先に波のない海の上を歩く鹿の姿が見えた。それが何かの意味を持つのか示唆なのか見当もつかない。ただイメージとして、映像として私の目に映った。

「寂しい…」

彼は言葉を路上に吐き棄てるように言った。前を向いたまま。ゆっくりとした足取りのまま。私は彼の横顔をぼんやりと眺めていた。

海に立つ鹿がこちらを見ていた。
私ははっとした。
この目は、と私は思った。

寂しさが伝播したのか私もなんだか寂しくなってきた。なんで2人でいるのに寂しいんだろ。
街は少しずつ色を取り戻し始めそれに伴い曖昧さも薄れ始めていた。装飾は装飾として汚れは汚れとして街を形成していく。

「みんないるから寂しいんだ」

と彼は付け足した。ビルの隙間から陽が私たちを突き刺すように照らした。光に顔を晒された彼はそれでもずっと前を向いたままだったからその太陽に向かって言ってるみたいだった。
私は思わず吹き出してしまった。

彼が初めてこちらを見た。

目が合った。

この目だ、と私は思った。

寂しくて悲しくて優しい目。

鹿は海の向こう遥か先へ歩いていった。

私は笑った。

彼の表情は変わらないままだったけど目が、目の奥が微笑み返すように光った。

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