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微熱煙/みずいろのきみ 制作後記 | 2022.8.8

・長瀬有花の新しい音楽であるシングル『微熱煙/みずいろのきみ』がリリースされている。

・あくまで非公式のよもやま記事です。長い。

・「公式が勝手に言っているだけ」という物言いは、個人的に面白くて良いなと思う。そんな感じ。

・なお、本楽曲群のクレジットについては、末尾に記載させていただいた。


微熱煙

背景

・6月に上演されたコンセプトライブ“SEEK”に合わせ、新曲を制作することとなり、いわばそのメインテーマとして書き下ろして頂いた楽曲である。

渋谷近未来会館というなんともディープで格好の良いライブハウスが表現の場であること、ストリート(≒雑踏)がコンセプトとなっていることは先に決定していたので、そこから色々な「手繰り寄せ」をし、作家さんに依頼をしたのは3月末のことだった。

・作詞曲および編曲は瀬名航さん。そしてマネジメントのディレクター/プロデューサーの本間翔太さんにもご協力いただいた。作家を探していたところ弊社スタッフが過去にご一緒したことがあるとのことで、そこから紹介してもらった。

・いつかのnote記事にも好き勝手に感想を記したが、瀬名さん、本間さんは自分の好きな数少ないアイドルグループのうちの一組である「tipToe.」のプロデュースに携わっている。自分がこの業界で仕事をする前から、いち消費者として作品を拝聴していたので、非常に嬉しい制作だった。

・瀬名さんはわりかし、綺麗でかわいらしい王道なサウンドメイクを多く手掛けているイメージがあるが、こうした「尖り」を上手に創出できる技巧派の作家さんである、と自分は思っている。

コンセプト

・“SEEK”の表すところである「探し出すこと」、そしてアーティストの根幹たるキーワードとして、(あくまで自分が)常日頃から設定しているうちの「逆行・回帰」「境界を越える」ことをコンセプトとして提示させていただいた。

・逆行というある種のノスタルジーは、アーティストの暖かな歌声やアコースティックギターの音色をはじめとした、感傷的なメロディや歌詞にあるような素朴さとして、この楽曲を象っている。

・一方で、アーティストのクリエイティビティのコアとしての要素である「相反(二面性)」を演出する手段として、都会の雑踏のカオスさであったり、生き急ぐ冷やかな重たさが、前述のノスタルジーな暖かさに乗算されている。

・不安定にも見えかねないこのバランスが、オルタナティブな音楽性でパッケージされ、長瀬有花がこの時代に、実写媒体を用いつつ東京の小さなハコで、この楽曲を歌い上げる意味が叙情的に出力されていると思う。

楽曲

・尊敬するクリエイターのとある方が、制作に取り入れることのあるメソッドとして「楽曲を構成する要素のグラフ化」があるらしい。なるほどこれは良いかもしれないと思ったので、今回の制作で自分もやってみることにした。

実際に提出した資料より抜粋

・メロディやコード進行は覚えやすくシンプルながらも、フォーリー(効果音)やアンビエントなシンセ、ノイズにより、味わいの複雑さがぐっと増すような空気感に仕上げて頂いているのは流石の一言だった。すごい。

・歌詞も単純明快でないながら、真っ直ぐな指向性の言葉選びである。塊というか、意志を感じる。

・ロケーションやコンセプトを考えるにあたり、この楽曲にはポストロックやシューゲイザーの要素を必ず入れようと企画当初から意気込んでいた。目論見と期待の通り、インタルード(間奏のギターソロ)でめちゃくちゃになっている。ここは瀬名さんも、ミックスエンジニアの中村さんも、自分自身もノリノリで作っていたように思う。楽器が全部イケイケですごい。

・「もっと激しくグチャグチャにしましょう」みたいなやり取りをTD現場で何度もした。楽しかった。

・ここまでに至る流れを「さらってしまう」ようなこのセクションは、まさしくノスタルジーや暖かさに対する、写実的な空気を孕んだカウンターとして機能している。

・その後に来るシンガロングの雄大さ、開放感は個人的にもお気に入り。こう終わらせるのかというデモを初聴したときの感動はいまだに覚えている。
ここでは途中から自分も男声としてハモリに入り、「Lalala…」からはその当時の弊社スタッフ総動員で合唱している。

・はじめは閑散としていた雑踏の片隅にライブが徐々に形成され、そしてまた何も無かったかのように終わっていく、というストーリーが形成され、ストリートにおける表現の場に発生する、集合と解散のカタルシスであったり、刹那的な情景がしっかりと想起されるような楽曲になっている。

まとめ

・振り返ってみれば、自分はこの楽曲を「長瀬有花の音楽」として作ったのではなく「長瀬有花が表現する“サブカルチャー”という文脈の音楽」として作ったのだと考える。思想としても、音楽のジャンル的な意味でも。

・アーティストらしい浮遊感やインテリジェンスっぷりを押し出した楽曲であったら、きっとこの東京で写実的にライブをすることの意味の伝播は、また異なった性質のものになっていた筈だ。

・「文脈」で音楽を聴く傾向の強い方(もちろん誰しもそういう一面はあるが)にとっては、非常に質量の大きい直線型の音楽に感じられるのではないだろうか。

・いつかこの楽曲を、下北沢の小さなライブハウスで歌うことがあれば、それはまた素敵な機会だなと思う。



みずいろのきみ

背景

・こちらも、6月に上演されたコンセプトライブ“SEEK”に合わせた新曲であったものの、「髄」としてではない制作(メインテーマは『微熱煙』でキメとなっていたため)だったので、また違う脳味噌の部位を使った。

・いうなれば、こちらは正しく「長瀬有花の音楽」であったのだろうと思う。

・それはそれとして、cat napさんとまたご一緒したすぎるナ…という思惑も大いにあった。

・『微熱煙』と合わせてシングルカットとなったが、個人的には両A面という前提でいたので、紛れもない一つのニューシングルである。

コンセプト

・「逆行」そして「ノスタルジー」というコンセプトは共通で提案させていただいていたが、『微熱煙』が清濁を併せ呑んだオルタナであるならば、『みずいろのきみ』はよりスモールで内向的な気楽さ、夜のノスタルジー・ポップネスのようなものをイメージした。

・どこかジャムっぽいような……小難しいことは考えずとも、自然と身体が横に揺れてリズムを取ってしまうような、そんな空気感である。

・抽象的な言葉として「共感としての郷愁」という部分もオーダーした。

現代東京の雑踏であったり、情報過多なインターネットであったり、といった日常と対比するような【誰もが実体験している訳ではないにせよ、共通の感覚として知っているような景色・感情】をノスタルジックに思い起こさせるような面白い試みが出来ればと思っています。

実際に提出した資料より抜粋

・どうだろう。こういう部分を聴いていて感じ取っていただけたのであれば僥倖である。

・音楽を聴くという体験における、大きな価値の一つとして、自分はかねてより上述のような【実体験ではないが、共通の感覚として知っている何か】を思い浮かべる瞬間がとっても楽しいし、唯一無二だと思っている。

楽曲

・「とろける哲学」を制作した際もそうだったが、自分はcat napのお二人に楽曲を書き下ろしていただく際に、ディレクションらしいディレクションはあまりしない。というよりできない。毎度デモに対して「良いですね〜」くらいのことしか言っていなかった気がする。

・ねこむらさん、ねこみさんの作る世界観が、自分のイメージを容易く飛び越えていく(それはもうほんとうに)ので、そこに水を差すようなことはするべきではないと思っている。よりその世界観を深化させられるような、音作りや演出といった部分では、今回も自分が積極的に関わらせていただいた。

・自分は性質として、音楽を聴く際に詞よりもまず音に意識が向く。音楽に興味を持ち始めたきっかけが洋楽だからかもしれない。

・しかし『みずいろのきみ』に関しては、歌詞をひと目見たときの印象というか、心身への浸透の仕方が少々特殊だった。言葉の意味を噛み砕いたり、情景を思い浮かべたりする前に、ごく自然にスッと全てが入ってきたような感覚があって、なんだか泣きそうになった。

なんにもしらないで
いきていけたらなあ
なんにもしらないでいいの
たぶんまだ
なんにもしらないで
なににもならないで
なんにもしらなくていいの
いつか、ほら

・すさまじくやさしく、力の抜ける歌詞だと思う。

・サウンドに関しても、オーダーをこれでもかというほど汲み取ってもらえたような、親しみやすくナチュラルに身体が揺れる素敵な雰囲気に仕上げていただいた。

・「とろける哲学」や、cat napさんの発表している楽曲に見られる、良い意味で散らかったような面白さは、コンセプトのこともあり敢えて抑えていただいたのだが、誰が聴いてもcat napさんの音楽だと判るような色をしている。

・今回、ギター・ベース・ドラムスのバンド隊はすべて生録りである。後述する狙いもあり決行したが、人選も決め打ちだった。

・“SEEK”に参加いただいたギタリストの池田さんをはじめ、ベースの二見さん、ドラムスの合原さんは、2月に行われたライブ“Alook”にて演奏いただいた皆々様だ。なんかこういうの、良い。

・デモを聴いたときに自然と浮かんできた音のイメージが、非常にLo-Fiで自宅録音感のあふれるものだったので、その直感に従い演奏と音作りとミックスをオーダーした(ミックスは長瀬有花作品だと『ライカ』を担当いただいたサケイさん)。

・今回もメイン手法に漏れずコンピューター内で完結したデジタルミックスであったが、コンソールとテープ(卓とも呼ばれる、なんかあの、でっかいスタジオにある沢山のボタンとかツマミのついたでっかい機械とかのこと。コンピューターが発達していない時代では、そういうレトロな機材でミキシングを行っていた)でのアナログミックスをイメージした、古い音になるような処理をしている。

・ざっくり(本当にざっくり)言えば、60年代のビートルズ的なミックスである。楽器隊がしっかり左右に位置していて、ノイズも昨今の音楽にしてはうるさいほど入っている。ボーカルに至っては、声を張ったときにビリビリと歪んでしまうくらいの思い切った処理をした。

・そのLo-Fi感、転じて自宅録音のスモールなポップス感を演出するため、イントロの無音部分をやや長めに取り、咳払いや足音といった「余計な物音」を敢えて入れ込んでいる(レコーディングそのままの音声です)。

・そんなサウンド面での世界観構築もあって、本当に聴くのに余計な体力を使わないような、水と空気のごとき作品になったと思う。

・プレイリストをシャッフル再生していて、なんかその時の気分じゃないなあ……って飛ばしてしまう楽曲はどうしてもあると思う。『みずいろのきみ』はそこでスキップしなくても良いような、最高に丁度いい楽曲だ。

まとめ

・やさしくソフトなポップスの空気を損ねず、特性をプラスしてそのまま伝えることのできるボーカリストというのは、かなり限られてくる。その点で長瀬有花という歌手はほんとうに素晴らしい。

・長瀬有花の音楽には総じて、程度の差はあれど、作り手側の人間にこそ刺さる要素があったりする。そんな「ぐっと」くる感覚が、深く感じられる楽曲になっているのではないかと思う。

・自分は、成人してから夢(というほど大袈裟なものではない)を仮定して、東京の街に来た。そんな類の人々が思い描き、創作の主題として追いかけ続けるような「夢だけでは生きていけない街」を過ごす日常の尊さを、このシングルで表現できていれば幸いである。


以上です。
また良い音楽を作るべくがんばるぞ。


微熱煙
Vocal : 長瀬有花
Lyrics, Music & Arrangement : 瀬名航 
Electric Guitar : 瀬名航 
Electric Guitar Solo : 平田裕亮 
Acoustic Guitar : Yusho Sunagawa 
Bass : kakeyan 
Vocal Recording Engineer : 小泉千夏 
Mixing Engineer : 中村涼真 
Mastering Engineer : Soushi Mizuno 
Sound Producer : 矢口和弥 (RIOT MUSIC) 
Special Thanks : 本間翔太 (合同会社SOVA)
みずいろのきみ
Vocal : 長瀬有花 
Lyrics : ねこみ
Music & Arrangement : ねこむら
Guitar : 池田拓真
Bass : 二見真典
Drums : 合原晋平
Mixing Engineer : Kei Sakai
Mastering Engineer : Soushi Mizuno
Sound Producer : 矢口和弥 (RIOT MUSIC)

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