BFC3投稿作「黒バット」

 大学生活が始まってから一月、木咲の心は
常に興奮に満ちていた。新しい環境に新しい
友達、聞いたこともないような話…。
 中でも、木咲の心を踊らせたのは 「怪談」
の類であった。物心付いた時からオカルトが
好きな木咲であったが、地元ではそういった
話や噂ですら聞くこともなく、本やネットで
書かれているのを読み漁るのみ。様々な地方
から訪れた同級生が地元の噂を語るたびに、 
木咲は目を輝かせ耳を傾けていた。

 特に木咲が心を踊らせたのが、大学近くで
現れるという「怪人黒バット」の話である。
それは逢魔が時のとある細道に「カラララ
カツッ カララララ」と不規則な擦れる音を
立てながら現れるのだという。
 その細道は、大学に通う際の通り道であり
時折横目で狭い入口を見ていた。自身の
身近に怪異が存在する…。千載一遇の機会に
木咲はいてもたってもいられなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 話を聞いた友達から詳しく話を聞き直し、
細道の中で待つ日々が続く。住宅街の一角に
あるそれは両端を高い石垣に囲まれており、
足元はデコボコで幅は小型車一台分。電灯も
なく夜になる頃には沈黙と暗闇が漂う。
 石垣に寄りかかり、動くものを眺め続けて
夜になったら家に帰る。突然帰りが遅くなる
木咲に両親は問い詰めるが、その内容が為に
黙り続け、待ち続けた。

 飴を頬張り待つ間、木咲は話を思い出す。
「黒バット」と呼ばれる由来…黒く染まった
金属バットを引きずりながら、音を鳴らして
歩いてくる。語られるいで立ちには統一性が
ないものの、黒く光るバットを持っていると
いう一点は同じ・・・らしい。噂があやふや
なのは仕方ないけど、これではもすかしたら
見逃してしまうかもしれない。
「もう少し、調べておけばよかったな」
大きい鞄を下に置き、そこに腰掛ける。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 カララララ カツッ

 静かな時に、音が響く。即座に腰を浮かせ
周りを見渡すが音の主は見えない。不揃いな
足元に呼応する様に、音は不規則に衝突音と
引きずる音とを繰り返す。
 耳を澄ます。音は木咲の後ろから、徐々に
徐々に大きく響く。汗を拭いながらゆっくり
ゆっくりと後ろを向いた。

 いつの間にここまで近づいて来ていたのか
それの輪郭をはっきりと捉える事が出来た。
しかしおれの背後から照らす夕日がその他の
情報を与えてはくれず、それはただただ黒く
輝き近づいてくる。
 右手に持つバットと思われる物はあらゆる
方向にねじ曲がり、まるで蛇のように、細く
長く波打つ。鈍い輝きが夕日に照らされて、
揺れながらも赤く、赤く反射しながら地面を
這い続ける。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「なまえ」
 
 高い声、低い声、若い声、老け声…まるで
大勢の人間が同時に同じ言葉を発したような
濁った声、不明瞭な音。それなのにハッキリ
聞き取れる言葉。まるで耳を介さず直接心に
侵食してくるかのように。
 木咲は微かに口を開けたまま、黙っている。
流れる汗も拭えぬまま、ただただ立ち尽くす。
 それはもう一度口を開く。

「なまえ」


 先程よりも多くの声が重なって聞こえる。
木咲の中に様々な感情と思考が入り混じり、
答えが出ないままグルグル回る。
 なまえって…名前?誰の名前?私の名前?
言わないとどうなる?言わないと殺される?
だが口はヒューヒューと震えた息を漏らし、
何も言えないでいる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 それからいくら経ったのだろうか。夕日が
沈み夜の闇が辺りを包んだ瞬間、それは姿を
消していた。見えなくなっただけかと考えた
木咲はスマホを取り出し辺りを照らしたが、
やはり姿が見えない。しかし音は鳴り止まず
徐々に小さくなる音が完全に無くなるまで、
木咲は呆けただただ夜の闇を見つめていた。

 私は暫く学校を休んだ。心配した友人達が
連絡をくれたけど、あの日あったことなんて
到底口に出来なかった。
 ベッドで横になりながら、その時の光景を
思い出す。当時怯えていただけの私の目は、
しっかりと怪人の様相を記憶していたようで
目を閉じると夕日に塗りつぶされていた筈の
光景がはっきりと姿を表す。
 パリパリに張り付いた服、へこんだ頭骨、
不揃いな足、全身に浮き上がる顔、顔、顔。
 そしてバットに殴り書きされた沢山の名前
…に重ねて書かれた✕の文字。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 もし自分の名前を答えていたらどうなって
いたのだろう。他人の名前だったら?
 
 その後活力を取り戻した木咲は大学生活に
戻り、以前と変わらぬ好奇心を持って毎日を
過ごしている。ただ、怪談だけは触れるのを
やめてしまったという。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?