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「画力」の再現度は高いが映画化解釈には物足りない【岸辺露伴 ルーヴルへ行く】

短編原作を映画化すると脚色も間延び感しか出ないことが分かる作品だった。

あらすじ
人の記憶を本のようにして読む特殊能力を持つ漫画家・岸辺露伴(高橋一生)。新作を執筆する過程で、青年時代(17歳の露伴/長尾謙杜)に淡い思いを抱いた女性・奈々瀬(木村文乃)に聞いたこの世で最も「黒い絵」のことを思い出した露伴は、現在その絵がフランス・ルーヴル美術館に保管されていることを知る。「黒い絵」―それは、この世に存在しえない黒で描かれた、この世で最も「邪悪な絵」。その絵にまつわる奇妙な事件に興味を持った露伴は、取材とかつての微かな慕情のために担当編集・泉京香(飯豊まりえ)とパリへ向かう。

元々ドラマ版からカメラワークや画力の見せ方はかなりこだわりが見える作品だったが、映画版はむしろそれぐらいしか良いと思う所はなかった。

今作は短編原作を丸ごと映画サイズにしたところでストーリーとして2時間持つのか懸念されていたが案の定だったように思う。

露伴の過去から菜々瀬との黒い絵について遡りルーヴルへ飛んだところまでは良かったがその後のミステリーとしての伏線の散りばめ方は脚色にしてもかなりじれったい取り付け方だった。

黒い絵のミステリーから怪談に近い江戸時代あたりまで遡る、話の全体の構造として見ると面白かったのだが、話の繋がりとしては分断されたように見えてしまう間延び間のあるシーンが多々あり惜しい作品となったのを感じる。

画力が主要になっただけに実写ドラマでも好評だった編集者とのオリジナルの掛け合いが影を潜めていたのも作品全体の重さだけが残っていった要因だろう。

スペシャルドラマあたりでやればよかったという意見には同意だが、集大成であり満を持したルーヴルを扱う撮影に使った予算を映画興行で儲けようと計算したのも理解はできる。ただ映画サイズでやる解釈にしては足りなかった。

違和感のあるアクションも多少取り付けられていたが仁左衛門には効かないヘブンズドアが菜々瀬にできるのは脚色上しかたないのだろうが、一々疑問も残る。

ドラマ版における実写版の再現度やオリジナル解釈、演出も素晴らしかっただけに集大成で2時間持たなかったということで評価が下がるのはもどかしく思う。忘れたころにドラマでの続編を求む。


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