「巨人の野球」第1話

日本列島に謎の男からビデオメッセージが届く。
なぜか日本中のあらゆるメディアがジャックされ、ビデオメッセージが流された。
36光年先の地球からメッセージを送っているという。
そして、佐藤と名乗り丁寧な日本語で語りかけるその男は、スーツを着ている普通の日本人のように見える。
この男が異星人だというのか。それとも地球人なのか。
映像はその男しか映っていない。
強引な方法で連絡してきたことを詫びたうえで、話は始まる。
衛星放送を見て36光年先の星の国民は熱狂しているという。
あれをかなり遠いところから観戦したとのこと。
なんとあの野球の世界大会のことだという。
同じではないが日本人として誇らしいと。
同じではないとはどういうことか。
36光年先なのに日本人としてとはどういうことか。
何を言っているのか。

その男の話では、それぞれの文明に差があるため、むこうからはこちらの人類や文明のことをある程度把握しているという。
そして、お互い野球がとても好きであることは一致しているので、銀河間で交流したいとの申し出。
ただし真剣勝負を希望。その星の国の国民の世論はその銀河戦?を熱望しており、抑えきれないため今回特別に接触してきたという。
なんと36光年先の地球へ行き来することは可能であり、招待するので特別機で来て欲しいとのこと。
大がかりなものだが、それを野球をするためにというのか。そんな要求をしてくる宇宙人が今までいただろうか。
大抵は侵略してくるとかではないのか。もちろんそれは困るのだが。

その詳細はメールで送っておくので、確認のうえで返信して欲しいとのこと。
そもそも野球以外にもっとあるはずだが、その点に言及がないため不気味さも残る。
一方的に送り付けられたメールは、普通に日本語で記載されていた。こちらの言語は完全に理解しているのだろうか。
何かのいたずらのようにも思えたが、確証などあるはずもない。
そのメールの内容は・・・
・1試合だけの真剣勝負
・費用がかかるため、渡航可能なのは出場予定選手18名のみで監督やコーチは選手が兼任
・上記18名以外の渡航はできない
・バットやグローブなどの道具は持ち込み可能
・セキュリティの都合上、デジタル機器の持ち込みは遠慮して欲しい
・準備でき次第、メール返信
・返信を確認できれば特別機をよこすので、それで渡航し帰りも送る
・1か月で返答して欲しい

このメッセージを受けて日本国内は紛糾する。
これは、36光年先のスーパーアースからではないかとの憶測が流れたが、証明する術などない。
疑いの声もある中で協議の結果、志願した選手を送ることを決定する。
しかし、国内外の有力選手達は、スケジュールや体調面で出場を辞退してしまう。
そんなところまで行って野球するなんてあり得ないという意見は、そりゃあそうだ。強制などできないし、ファンも納得しない。
しかも、渡航先の映像をこちらで受信することは不可能なため、試合の様子などは放送されない可能性が高いとのこと。
そこで無名だが、実力十分の謎の日本人選手達の派遣を決定。
その選手達は誰なのか。
派遣選手の記者会見となったが、知られていない存在だった。(無名なので)
選手団の紹介後、当然記者からはその知られていない選手達の実力がどうなのかと問われた。
それに対しては、あっさり「パラメータが凄い。」との返答。
各選手のパラメータが公表されたが・・・
打者は、長打A巧打Aなど
投手は、球威A制球力Aなど
の選手がずらりとのこと。
「そんなゲームじゃあるまいし・・・」と一人の記者の言葉を遮るように「これは凄い選手達だ!」と会場中のボルテージが上がり、その熱気は世界中を包む。
なぜそうなるのかは不明だが、全ての関係者がこれで納得してしまう。
もう皆おかしくなってしまっているのだろうか。
しかし、これにより、地球を代表して?派遣選手が正式に決定した。

今回の件について、大きな文明の差があるのは歴然のため、怒らせると最悪侵略されることを多くの人は危惧した。
そのため、政治家達は野球の勝負にはあまり興味はなく、うまく外交交渉を進めてほしい様子。
しかし、渡航が許可されているのは選手18名のみで、それ以外は一切同行できない。
派遣選手達にうまくやってもらうしかないため、地球の運命を背負うことになるのかもしれない。
そして、謎の36光年先の地球がどのような様子なのかは知る術もない。
はたから見れば命がけの渡航のように思えるが、選手達はそのような悲壮感などはなく対外試合へ向かうといったところだった。

派遣選手団が決定したため、国家を代表してメールを返信。
こちらのメールの返信に対して、特に返信はなく、それから数日後。

いかにもな宇宙船が東京上空に忽然と現れた。
未確認飛行物体に人々の関心が集まる中、選手団を搭乗させたいのでどこかで着陸許可が欲しいとの連絡がきた。
そこで、選手団を向かわせるので近くの空港を指定。いかにもな宇宙船は着陸した。
一体どんなやつが乗っているのか。緊張が走る。
機体の中から現れたのは無機質なアンドロイドだった。表情などない。
そこにいる一同から驚愕の声が上がる中、アンドロイドが声?を発する。
普通に日本語だった。
争いをしに来ているわけではなく、約束通り選手18名のみ搭乗して欲しいとのこと。
そして、送り迎えはこのアンドロイドが対応するという。
宇宙人らしき生命体の姿はなかった。
あたり一帯は緊急配備状態。
このアンドロイドに攻撃したらどうなるのかと一同の頭をよぎるが、余計なことをしない方が無難だろう。やはり手は出せない。
異様な状況を察知したアンドロイドは人々の緊張感をほぐすため、その場でわざとつまづいて見せた。
大きな笑いを期待して派手に転んだのだが、その場は凍り付き、なんとアンドロイドなのにその場にいた選手に助け起こされたのだった。
アンドロイドの目論見は外れたが、余計なことをするなとは言わなかった。
笑いは起きなくても、アンドロイドは精神的ダメージなどないのはいい。
助け起こされて気まずいこともない。
失敗を恐れる心などもない。
笑いの力で緊張感をほぐそうとするとは、実はできるアンドロイドだ。こんなアンドロイドは今までいなかったのではないか。
遠い星の開発者は笑いの重要性を認識しており、大まじめにその点がプログラムされているのだった。
空回りしているため、いらなそうにも思えるが。
まあ、普通そんなものは組み込まれないだろうが。

少し脱線するが、想像してみて欲しい。
広大な宇宙のどこかの星に高度な文明が存在する場合、そこにはロボットの開発者も存在するだろう。
ロボット開発は卓越しているであろう遠い星の開発者が、つまらないギャグなどを真剣に考えているのだろうか。
おそらく苦手であろう笑いを大まじめに研究するのはどのようなものか?
逆に面白そうなので覗いてみたいものだ。
笑いのプロに監修を頼むのか。自力で考えるのか。
こっちの研究にも興味をそそられる。
遠い星の研究者が秘密裏にギャグなどを考えていたのだろうか。

場面戻って、異様な光景の中、その場にいる誰もがこの状況をつかめていない。
なぜ転んだのか。まさか突然現れたアンドロイドが笑わそうとしてくるとは、その場の誰も気付かない。
何事もなかったかのうようにアンドロイドは、派遣選手達を機内へ案内する。当たり前だが切り替えが早い。
案内する際に、実は瞬時に18名の搭乗を確認していた。
派遣選手達は、堂々と乗り込む。手を振る人に笑顔で答えて。
また、野球道具などと同時にスマホなどもあっさり持ち込めた。
人とアンドロイドの共同作業で淡々と荷物を積み込み、離陸準備が進む。
派遣選手18名以外が乗り込もうとすると、警備担当のような別のアンドロイドに優しくブロックされてしまった。
粗暴な対応ではないが、機械だけにかなり力が強そうだ。やはりとても手出しできない。
また、記者の質問に対しては、答えられないとの返答のみだった。
このアンドロイドも人との会話は通じている様子。
「関係者から質問にも答えられないとはどういことか。」との怒号に、アンドロイドが反応した。
さらなる緊張感が走ったが、予想外にもアンドロイドは丁寧に詫びた。
明らかに機械だが、まるでいい人のように見えた。
あたりが騒然とする中、離陸準備が完了した。
いかにもな宇宙船は離陸し、あっという間に上空に消えていった。
このことは、その場のどよめきとともに大きく報道された。
報道後、アンドロイドはわざと転んだとの指摘もあった。
かくして、36光年先へ旅立つこととなった。
機体を詳しく調べたかったが、そうはさせてくれなかった。
全ては外から見えるのみで、ほとんど情報を得ることはできなかった。
向こうの立場からすれば、機密情報は知られたくないものだろう。
質問にも答えてくれないとは、帰ってきた派遣選手達から話を聞くしかない。
本当に帰ってくるのかは、分からなかったが。

派遣選手達は、アンドロイドに機内の一室に案内された。
それぞれの座席があり、シートベルト着用を促された。
機内から外を見ることはできず、大気圏を抜けるとさすがに無重力状態だ。
テレビで見た宇宙飛行士の日常と近い状況だ。
この時点ではシートベルトは外してよく、立入禁止エリア以外は自由に移動できた。
機内で過ごす間の宇宙食や飲み物が用意されていたが、娯楽のようなものは用意されてはいなかった。
そして、やはり宇宙人などの生命体の姿はなかった。

機内では、アンドロイドへの質問となる。
「どこへ向かうのか。」ー「36光年先としか言えません。」
「この機体は誰かが操縦しているのか。」ー「操縦用のアンドロイドです。」
「なぜアンドロイドしか乗っていないのか。」ー「人が来るとその分多くのコストがかかるためです。」
「スマホは使えるのか。」ー「どうせ使えませんし、機体から持ち出すことはできません。」
「持ち込んだ荷物はどうなるのか。」ー「目的地に到着後に全て検閲され、パスしなかった品は機内から持ち出せません。」
「妙にシートがでかい。」ー「ゆっくり座っていただくために大きく設計されています。」
「どれくらいで着くのか。」ー「地球から中継点まで約1日で中継点からは約3時間です。」
「中継点?」ー「詳しくは言えませんが、太陽系内にすでに設置してあり、そこからはワープ航法で移動可能です。」
「どんな宇宙人がいるのか。」ー「普通に人がいます。」
「機内は退屈だ。」ー「その要望は想定の範囲内です。面白いアンドロイド・ジョークがあります。」

一同は最初疑ったが、何か凄いプログラムがあるんじゃないかという意見でまとまった。
これは、遠い星でのジョークということなのだろうか。
興味を引かれたため、面白いと豪語するジョークを頼むとアンドロイドは快諾。
それにしても凄い自信だ。人なら普通こんなことはあり得ない。始まった。
「アンドロイドは食べることができませんが、好きな食べ物があります。」
「それは、ウナギです。」
「そうです。電気ウナギの電気でバッテリーを充電します。」
誰も笑わなかった。そして続けた。
「クラゲもです。」
「そうです。電気クラゲです。」
「あと、電気スタンドもです。」
「それと、電気ポットもです。」
一同は静まり返った。にもかかわらず、アンドロイドは堂々と
「どうですか。皆さん。」
よくも、面白いなどと言えたものだ。
そして、凄いプログラムがあるんじゃないかと言ったのは誰なのか。
一同の表情は険しくなった。

その後、二度と面白いアンドロイド・ジョークを頼むことはなかった。
それなら、パントマイムもできると言ってきたが、アンドロイドなら普通にできそうであり、一同は相手にしなかった。
加えて、ロボットのような動きやダンスができるなどと言ってきたが、アンドロイドなのだからロボットだろう。
つまらないことで騒いでいた一同。
一方でアンドロイドは、機内は退屈だという要望に応えただけで、笑いは起きなかったが、目的は達していた。
みんなこの点に気付いていなかった。
そういうプログラムだったか?だが、想像してみて欲しい。
遠い星の開発者は、どういう意図でコント?をプログラムしたのか。
もっと深い意味があるのか。
実は、高度な笑いの文明があるのかもしれないし、我々の方がそれについていけていない場合も考えられる。
それとも、設計などにミスがあったのか。
当然、遠い星のことは分からない。

笑いは起きなくても、アンドロイドは精神的ダメージなどないのは本当にいい。
そして、機内に娯楽などが用意されていないのは、その点をアンドロイドが担うためだった。
そうであれば、このアンドロイドは凄いと言える。
文明が発達すれば、こんなメカができるのだろうか。
これに近いやつは欲しい。

いずれにしても、そんなに時間はかからない。すぐに着く。
それにしても、36光年を1日程度で行けるとは、その技術是非教えて欲しいものだ。



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