「巨人の野球」第3話

3日間入院していたが、その間に派遣選手達は重力に慣れて普通に動ける状態になっていた。
この点について、一同は野球選手であり、身体が鍛えられていることの影響は大きいと思われる。
このことは、選手18名しか渡航を許可してこなかった理由の一つだろう。
この状況下で年配の監督やコーチなどが同行していたら、役割を果たせなかったかもしれない。

動けるようになったら、今回の試合のルールについて話し合いとなる。
派遣選手を代表して、選手2名が話し合いに向かう。
佐藤やアンドロイドンと共にスカイカーで移動し、巨大な建物の中の会議室へ通された。
会議室で待っていると、相手チームの監督とヘッドコーチ、そして現地の野球連盟の人物3名が現れた。
当然、この人物達も見上げるような巨人だった。
この巨人側の監督は、年配でほとんど白髪の貫禄十分の人物だった。
監督もヘッドコーチも眼鏡を掛けていた。
この監督は、「お互い名前などいいだろう。」と言って名乗らなかった。
そして、「こんな小さいのと試合するのか。」と不満を言っていた。
また、「試合の日取りが決まるまで随分待たされた。」と不満を続けた。
その後、本題であるルールについて話し合いが始まった。
今回の話し合いは、連盟側が提案する形で進んだ。
ルールについては、巨人側が譲歩することが多く、すぐに決まっていった。
体格の差は歴然のため、そうでもしないと、いい勝負にならないと思われていた。

決まった内容は・・・
・1試合のみの真剣勝負
・出場できる選手は事前に申請された18名のみ
・使用するボールは我々の統一球(巨人側は投げにくいし打ちにくい)
・バットは各自の木製バット
・DHあり
・投手の球数制限はないが、最大3イニングで交代
・9回終了時点で同点なら延長
・延長は12回まで、12回終了して同点なら引き分け
・試合3日前にデモンストレーションとして、観客を入れてピッチング披露とホームラン競争を行う
・試合では公平を期すため、お互い監督やコーチは選手が兼任(監督やコーチはベンチ入りできない)

監督が参加できないことに対して、年配の監督は怒りを露にしたが、その場の全員になだめられていた。
そして、「長年野球界のために奮闘してきた監督である自分が出場しなければならない。」と強く主張したが、すぐに他の人物に言いくるめられた。
神経質そうに見えるこの監督は、暫く不満を言っていた。
重鎮のため聞くしかない空気だったが、「いつものアレが始まった。」とのことだった。
結局のところ、監督は自分が出場できないことのみが不満だった。
「現役のころは目立てなかったのだから、監督である今ぐらい目立たせろ。」と、自虐とも思えることを言っていた。
選手じゃなくて、なぜこの監督が目立たなければならないのか。
微かに笑い声が聞こえたが、初対面のため笑っていいか分からなかった。
「だいたい、最近の若い者は知らんのか。」いう重鎮の投げかけに、何を知らないのかその場の全員が注目した。
「こう見えても俺だって若いころは野球選手だったんだよ。」と語気を強めた。
その場の全員が、普通知ってるだろうと思った。なぜそんなことを強調しようとしたのか。その言葉で監督が出場可能になるはずもないだろう。
当初偉そうな態度に思えたが、実はそこが面白くユーモアのある人物なのか。見方が変わっていった。

監督の不満をよそに、ルールは決定した。
しかも、同じチームであるはずのヘッドコーチまで、この監督の意見に反対していた。
一人がいくら不満を言っても、決定事項は変更されなかった。
そうなると、監督はデモンストレーションに指導者として参加できるのかを聞いてきた。少しでも出番が欲しい様子だった。
確かにそれは決まっていなかった。
重鎮がこんなに言うのなら、デモンストレーションぐらい参加でいいと思っていた。やはりそれが人情だろう。このままでは、注目の場で活躍は全くない。
すると、連盟側はこちら側に意見を聞くこともなく、その参加も断っていた。
理由は公平を期すためだった。
重鎮のはずの監督に対して、連盟側は意外と手厳しかった。
普段どういう関係性なのか。
むしろ、デモンストレーションに参加できるのか聞かなければ、監督はその場にいてもよかったのじゃないかと思えた。確かに、この星での常識は分からないが。
愕然と肩を落とす、当初偉そうだった監督を見て、なんだか気の毒にも思えた。
また、当初に感じた威厳のようなものは、見る影もなかった。
出場できないことが決まると、扱いが雑になっているようにも感じた。
不満を言いすぎて汗をかいており、いつの間にか監督の眼鏡が曇っていた。
そこでなんと、監督はヘッドコーチの掛けている眼鏡を自分のそれと交換して掛け直した。
ヘッドコーチも平然と曇った監督の眼鏡を掛けていた。
その後は、他の人物が何か発言をするたびに、「俺には出番がないんだよ。」とつぶやいていた。
また、声にならないような声を絞り出し、「この俺がいなくて誰が盛り上げるのか。」と、かすかに言ったが、その場の複数名にそれは選手であることを指摘されていた。
このユーモア?に大笑いしたかったが、その場では笑いをこらえた。

話し合いが終わると、「出場できない監督がどこにいるのか。」と言って、監督は会議室からすぐに退出した。
しかし、こんな監督はいないかもしれない。
もうファンになってしまっていた。
何か人を惹きつける、凄い逸材のように思えた。
やはり、この監督のことを詳しく聞きたかった。
話では、試合後のインタビューなどのコメントが面白いため、人気を獲得し今の地位を築き上げたのだそうだ。
そんな理由でなのかと思えるが、この星の住人の国民性もあり、人気なのだろう。
監督自身、このことに手応えを感じており、内心まんざらでもないとのことだった。
そして、特に試合に負けたときの不満が面白く、ファンや周囲の人々は負けても笑顔でいられるという。
そのため、周囲の人々は、その個性を引き出すために、常に負けたときに近い状況を作ろうと手厳しい対応をするのだそうだ。
それでまた不満を言うことになるが、そのコメントを求めてマスコミは群がるという。
なんという関係性なのか。奇妙なループ。
他にこんな監督はいないだろう。
今頃は建物を出で、今度はマスコミ相手に先程と同じ不満を言っているに違いない。また眼鏡を曇らせて熱弁するのか。

#マンガ原作


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