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SMC-777 - 売れるパソコンを目指したソニーの2代目

ソニー最初のパソコンであるSMC-70については、以下の記事に書きました。

SONY SMC-70 - そのデザインには憧れたけど

SMC-70は、そのスタイリッシュなデザインと3.5インチFDDの採用で注目こそされましたが、ホビー向けとするには価格がネックになり、戦国時代に入ったパソコン市場に於いては、充分な存在感を示すには至りませんでした。そこで翌1983年には、時代の進歩に合わせて設計の変更と価格を少し抑えたSMC-777を発売しました。

SMC-777

SMC-777 1983年10月

SMC-777C / SMC-777 1984年12月

1983年といえば最初のMSX規格が制定され、対応製品が一斉にリリースされた年です。ソニーもSMCだけではなく、MSX規格のPCもリリースしました。これらの両機種を合わせてHiTBiTというブランドを立ち上げ、イメージキャラクタに松田聖子さんを採用し「私より、ちょっと賢い」「ひ~とびとのHiTBit」というキャッチコピーで、大々的な宣伝を始めました。

ひ~とびとの - ソニー初のMSX HB-55

ソニーとしては、このハイローミックスでホビー市場を狙い、MSXとの差別化として高度なグラフィックとフロッピーを活用したビジネスソフトなども用意しました。しかしながら、その差別化はMSXの機能追加とのイタチごっこに入ってしまった感は拭えません。どちらかというとSMC-70時代から続いていたビデオ製作機材としての使い道が、そのためのデバイスが豊富だったことも相まって、多かったようにも思います。ビデオ編集に必須なGENLOCK機能を持つ機器を操れたPCは他には無かったような気もしますし、これらをお借りするために銀座のソニービルのデモブース(というかスタジオめいた小部屋)に通った覚えもあります。

【ソニー】SMC-777

カタログコレクション

SMC-777 (5) Rassapiator / 777C

ハードウェアの特徴としては、キーボード配列はSMC-70と同じUS配列(シフト2が@)でカナも50音配列でした。テンキーは無く、代わりに1枚の板の4隅がカーソル移動キーになっている大きなキーがFDDの手前についていました。グラフィックはそれなりに強化されており、320×200×16色または640×200×4色が使え、テキストとグラフィックのオーバーレイ表示も可能でしたが、VRAMがCPUのメモリ空間にはなく、Z-80のI/Oに接続されていました(ちょっとしたテクニックで16ビットの空間が確保できた)。またカラー情報はプレーンに分かれているのではなく、1ドットごとに2ビットまたは4ビットを使うようになっていて、このあたりが他のPCと互換性が無く、ゲームなどの移植には苦労したようです。

PC-6001mkII版ハイドライドをSMC-777に移植

VRAMをCPUのメモリ空間から切り離したのは、FM-8とかBUBCOM-80でも行われていたのですが、SMCの場合はSONY-FILERがCP/Mベースであったために、連続した大きなメモリ空間を確保したかったのも一因でしょう。

SONY SMC-777

価格の制約なのか16色を4096色のパレットから選択できる機能がオプションボードとなっていたのですが、翌1984年には、これも標準で搭載したSMC-777Cが発売されました(その分、148,000円→168,000円と価格はあがりました)。

御三家に食い込むことはできなかった技術の結晶「ソニー SMC-777C」

SMC-777

もちろんSMC-70と同じシリーズのエミュもある模様です。

eSMC-777 謎WIPページ

It's a Sony SMC Headquarter

この機種はそこそこは売れたようではありますが、スペック的にもMSXがMSX2になると被るようになり、独自路線はここでいったん終わります。その反動なのか、今度はMSX機での独自色を目指したようですし、時代はもう次に向かい始めたようです(ワークステーションであるNEWSのリリースは1986年)。

商品のあゆみ - ソニー公式


おまけ 1983年のライバルたち

パソコンの歴史1983年

レトロパソコン(機種別解説編) 1983・1984年

ヘッダ画像は、1984年1月号に載ったSONYの広告ページ

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