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キヤノン X-07 - モバイルデバイスの夢を見る

CMOS技術の発展により8ビットCPUもCMOSで作ることが出来るようになり、電池で動かすことの出来るモバイルデバイスへの挑戦が始まりました。先ずはポケコンという電卓を大きくしたようなデバイスが作られるようになり、よりパソコン的な高機能なデバイスを目指すようになりました。もちろん電池で動かすことが出来る、つまり持ち歩いて使うことができることでメーカーは「いったい何が起こるのか」という世界を提案する必要に迫られました。

PC-8201 - NECが試みたハンドヘルドPC

上記の記事でも触れたように、EPSONがHC-20を出してきたのに刺激を受けたのか1983年にキヤノンはX-07というハンドヘルドを出してきました。大きさはA5サイズ、重さは500グラム弱です。CPUはZ-80コンパチのNSC800でメモリは8K~24K、ディスプレイはモノクロ液晶で20文字×4行のテキストを表示でき120×32のグラフィックとしての表示も出来ました。

未来を垣間見せてくれたキヤノンのハンドヘルドコンピュータ「X-07」

モバイルデバイスの強みと言うか弱みでもあるのですが、持ち運び電池で動かすために本体に詰め込む機能は絞り込まれており、いろいろなことをしたければ、それに応じた周辺機器を接続して使います。そのためにはプリンタ(またはプロッタ)であるとかカセット、シリアルなども繋げる必要があります。そこに気がついたのは先陣を切ったポケコンたちで、シャープのPC-1500は多彩な周辺機器が用意されていました。

PC-1500 - ポケットに入るパソコンを目指した

X-07に関しても多くの周辺機器が用意されました。テレビに接続してカラー表示も出来ましたし、売りだったのは赤外線を使った接続ポートで、X-07同士をワイヤレスで接続し遊べる対戦ゲームも登場しました。その後、多くのゲームコンソールで実現された形を垣間見ることが出来ました。キヤノンらしいのは既成のパソコンや大型機と連携する使い方はほぼ無かったようです。

Canon X-07

価格もリーズナブルで雑誌でもよく取り上げられ、それなりにゲームなどのソフトも流通したようです。大人気になっても不思議はなかったのですが、思ったほどは出回らなかったようで、今、資料を探してみてもあまり多くは見つかりません。やはり販売網が弱点だったのでしょうか。私も「PC-1500に手を出していなかったら」とは思うのですけどね。ただフランスなどでは人気が出たようで、見つかる資料は日本よりもヨーロッパ圏が多いです(自動翻訳バンザイ)。

CANON X-07

The Canon X-07 computer

Canon X-07

この頃のキヤノンは何にでも手を出しているのではないかという時代で、コピー機ではゼロックスに割って入り、その技術を使ってプリンタやカメラにも手を出し、コンピュータに関してもオフコンであるとか日本語ワープロへも参入を果たしていました。ただ当時の日本メーカーアルアルなのですが「良いものを作れば売れる」というところもあって「どう売るか」という面が弱いものがあったようにも思います。それがその後のキヤノン販売の動きにも繋がるのかもしれません。

Canon X-07: Part 1 (First pull-apart) [TCE #0197 ]

ヘッダ画像は、以下のものを使わせていただきました。
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Canon_X-07.jpg
By Siren-Com - Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=26031038

#レトロPC #ハンドヘルドPC #X07 #キヤノン #CANON #赤外線通信 #対戦ゲーム #1983年

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