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常時接続の醍醐味 - ADSL

ほぼ20年に渡って使われてきたADSLサービスが遂に終わり始まるようです。

「フレッツ・ADSL」サービス終了のお知らせと代替えサービスのご案内

思い起こせば今、住んでいる家を建てていたまさに世紀末の1999年、ちょうどADSLの先行サービス提供地域であることに気が付き、これはさっそく導入しなければならないなと出来たばかりの「東京めたりっく通信」に問い合わせをしました。

ADSLというのは、アナログ回線の音声として使われない高い周波数領域を使って通信をする技術です。最初の文字であるAは非対称(Asymmetric)のAで、これは一般的なインターネット利用に合わせて、アップロードよりもダウンロードに多くの帯域を割り当てる方式です(類似の方式も合わせてxDSLとも呼ばれます)。当時、通信に利用されていたISDNは128K(2B+D)で通信していたのですが、めたりっくのADSLは下り(ダウンロード速度)で、ベストエフォートであるものの1M近くが出せるとされていました。

ADSL

なにせまだ家は工事中で電話の引き込み口すら出来ていません。ADSLはNTTのアナログ回線の上に乗るサービスなので、申込みにはまず対象となる回線の情報が必要でした。困ったことにはFAXに専用の番号を振りたかったので、どうしても複数回線が必要で、既に使っていたISDNの設備をそのまま持っていこうとしていたのです。

ADSLはISDNと高周波が干渉してパフォーマンスに問題がでるかもしれないと説明されていたのですが、具体的にどうすると問題が出るのかは、まだ正式サービスが提供されていない段階なので、そもそもダメなのか、少し速度が落ちる程度なのかハッキリしたことは誰に聞いてもわかりません。

まず、めたりっくの窓口で「サービスを申し込みたいのだが、ADSL回線とISDN回線の両方を使う予定である。幸い工事はまだなので、取りうる対処方法があれば実施したい」と伝え、いろいろと調べてもらったところ「問題が出ているのは同一の被覆内にある銅線にそれぞれの信号を流したときで、独立した線として配線されていれば問題はほとんど無いだろう」との返事をもらい、NTTの申込みが済み次第、仮申込をさせてもらうことになりました。

今度はNTTに申し込むのですが「このアナログ回線はADSLを申し込む予定である。ISDN回線とは物理的に独立させて引き込んでもらいたい」とお願いして近くの電信柱から2本の銅線が引き込まれることとなりました。

まあ多少、無理なお願いをしたのかもしれませんが、何せADSLをどう扱うかNTTも興味津々ではあったのでしょう。電話局側では両社の間でいろいろなやりとりがあったのかもしれません。家の工事も進み、内装もほぼ終わって電気も使えるようになった頃、まずNTTの工事担当者がやってきました。電信柱から線を伸ばして家の外壁に引き込み口の端子を取り付け、そこから壁に開けられていた配管チューブを通して室内に引き込みます。室内のローゼットを取り付けたところで、それぞれの回線の試験を行います。この時点で問題が出ることは無さそうですが、念のために信号レベルというか抵抗値も測ってもらいました。電話局からは1キロ以上離れているので、それなりの抵抗値ではありましたが基準内ではあったので、ひと安心です。DSUの設定はNTTの現場担当者よりは詳しかったので、必要最低限の設定だけしてもらいました。必要なオプション設定は後からでも出来ます。

後日、今度はめたりっくの工事担当者がいくつもの測定装置を持ってやってきました。年配の方の担当者は長めに伸ばされているローゼットまでのアナログ回線をクルクルとまとめながら、測定器と睨めっこしています。しばらくすると納得するような顔をして「この状態で使ってください」と配線を固定してスプリッタを繋いで、今度は接続速度を測り始めました。おそらく試験用の電話局にある装置に繋いだ状態での値だとは思いますが、600K程度の速度は出ました。念のためISDN側を使っている状態でも測ってもらいましたが、影響は出ていないようでした。メデタシメデタシ、これで当時としては夢のような回線速度が使えるようになりました。後で請求書を見て気がついたのですが、めたりっくでのお客様番号はまだ2桁でした。

結局、ADSL側の電話番号にはFAXを割り当て、ISDN側には、それまで使っていたTA経由でPHSによる内線電話とバックアップ用ダイアルアップ設定を行いLANの整備を行いました。内線電話は最初から無線を使うことにして配線は省略して、代わりにLANケーブルを家の中に張り巡らせました。

しばらく経った頃、めたりっくから新しいスプリッタとモデムが届けられ、これと交換すると速度は1M程度までアップした記憶があります。回線速度もですが今でこそ当たり前になった常時接続の環境は、インターネットの時代がやってきたことを強く感じさせてくれました。

ADSLの時代は思ったよりも短くて、数年後にめたりっくがソフトバンクに買収されるあたりで光ファイバーが使えるようになり、Bフレッツに乗り換えることになりました。せっかく高速の回線が家までやってくるのですから、それまでプロバイダに預けていたサーバ群を引っ越すことになり、回線と同時にサーバラックがやってくることになったのですが、その話はまたの機会に。

フレッツ

そういえば最初にISDNを引いたときも大変だったな。その話も書かないといけませんね。

ヘッダ画像は東京メタリックの商標デザイン。どうやら既に権利は失効している模様。

商標を調べた結果


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