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ポケベルに「憧れなくて」

大学に入ってからは昼間は大学に行って授業を受け、夜はそのままプログラムを書くアルバイトをしている会社に行き、そのまま力尽きて眠りにつき、朝になると大学へ行くという、当時のソフト業界あるあるの生活をしていました(二毛作と呼んでいました^^;)。

まだインターネットも無い世の中ですから、連絡をとれるのは電話くらいしかありません。緊急であればバイト先に電話をすれば連絡はとれるのですが、夜は電話番がいるわけではないので、普通は出ません。そんな調子ですから親からは用事があるのに、どうすればいいのかと問い詰められ、最初は会社にFAXしてくれとか言って凌いでいたのですが、シビレを切らしてポケベルを買ってやると言われてしまいました。

時代はまだ電電公社がそのままNTTになっただけの頃で、公社時代から続いていたポケベルサービスは、電話を掛けると呼び出し音が鳴るだけのもので、せいぜい番号が2つあって、番号によって違う音が鳴るくらいの機能しかありませんでした。さらにサービスエリアは原則として都道府県が単位、自分がいる都道府県を出る時には専用の番号に電話をしてサービスエリアを切り替える必要がありました。

普段は東京都から出ることは無かったものの、車でご飯を食べに行くだけでも県境は超えます。これは使いにくいと思っていたところにちょうど東京電力系の東京テレメッセージという会社が設立され、ポケベルサービスを始めました。こちらはエリアとしては関東一円で、この範囲であれば切り替えなどをしなくてもサービスを受けられます(他の地域へもローミングができたかもしれませんが、さすがにそこまでは滅多に出かけません)。さらに数字のみですが電話番号程度の桁数の数字を送ることが出来ました。

東京テレメッセージ

さっそく申し込もうとしましたが、まだ会社が出来たばかりで営業所も出来ていないので、基本的には法人営業のみとのことでしたが、知り合いのツテで何とか1台でも売ってもらうことができました。ということで知り合いの東京電力のオフィスまで出向いて、申込みをして端末を受け取って使い始めました。

Motorola BRAVO CLASSIC User Manual - 確かこの系列の端末でした

そんな時代ですからポケベルを持っていると「お医者様ですか?」といわれる始末です。ポケベルの良いところは、余程深い地下街にいるのでなければ、まず電波は届きます。移動中でも問題なしです。ただあくまでメッセージを受け取るだけですので、ピーピー鳴ったら、メッセージを見て、必要に応じてこちらから電話を掛けなければなりません。

だいたい電話の無いところにいるのですから、頼りは公衆電話です。既にテレホンカードは使える時代だったのですが、対応している公衆電話が見つかるかといえば、まだ運次第というところでした。特にお店などにあるのはピンク電話ですから10円玉をたくさん用意しておかないとなりません。

メッセージとして折り返す電話番号を入れてもらうことが殆で、その後に流行ったように数字で要件を伝えるなんていう文化はありませんでした。電話を探しているうちに時間が経って電話をした頃にはもう不在ということも良くあるのと、普段から電話を掛け合う仲であればともかくポケベルに電話して自分の番号を打ち込んでもらうのもままならない相手もいます(黒電話だと番号も送れません)。

そこで留守番電話を用意して、用件が録音されるとポケベルを呼び出すような機能を使うようになりました。留守番電話もIC録音なんてまだ1分以内くらいしか使えず(応答メッセージには使えました)、マイクロカセットがキュルキュルまわって、いかにも一生懸命に用件を録音していました。

まあ、そういう時代だったんです。ただお陰でどこにいても連絡がとれるというのが、良いのか悪いのか、ケータイが始まる遥か前から苦しめられることにもなりました。アナログな留守電とポケベルの組み合わせで、番号を入れると留守電から応答するメッセージを変えたりなど、あれやこれやの設定だけで伝言システムを作り上げたので、伝言ダイヤルの時代が始まった時には、それなりに多くの方から相談を受けました。PCでパソコン通信のサーバを作っている横で、ダイアルアップで音声を受けるサーバを作るようなこともしていました。本当に何が役に立つのやらとは思いましたね。

それまでPCというのは単独で何らかの処理をしているだけでしたが、急激に通信であるとかネットワークというのが発展し、次の時代が来たのだなぁと公衆電話のボタンを押しながら日々、感じていました。

ヘッダ画像は以下のものを使わせていただきました。
https://www.irasutoya.com/2016/11/blog-post_22.html

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