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情報のS/N比

電気であるとか電波を扱うときに、信号とノイズの割合を示す言葉としてS/N比(信号とノイズの割合)という単語があるのですが、これが大きいと信号がクリアで精度が高い状態なのですが、1を下回るようなことになると、もう元の信号がなんだかわからなくなるという代物です。人間の脳みそと言語というのは凄いもので、とてもとても低いS/N比であっても、何とか元の信号である言葉を聞き取れちゃうこともあるのですが、これは物理的な問題よりも推測であったり、場合によると超能力も使われるからなのかもしれません。

この単語がネットワーク通信の「コンテンツ」に使われるときは、物理的な意味ではなくて、流れている情報のうち、意味のある部分がどのくらいあるのかという意味で使われます。

もちろん何をもって「意味のある」部分なのかというのは解釈の問題なので、人によって異なります。どうしてこんなことが言われるようになったのかといえば、初期のネットワーク通信は大変に速度が遅く、コストも今に比べれば遥かに高かったので「無駄なものを流すんじゃない」という意味で、このS/N比という言葉が使われました。

例えばメールの最初と最後に決まりきった挨拶や定型文を書くのは意味がない!であるとか、特に末尾の名刺のような部分は、目立ちたい人が多かったのか、長々と自己紹介のようなものを書いたり、アスキーアートを貼り付けるような人も出てきたので、暗黙のルールとしてフッタは4行以内と言われていました。

この辺りはリソースがもったいないというよりはカシコマらず、率直性が大事にされる初期のネット文化の影響もあったとは思うのですが、送られてきた内容が他人と似たりよったりであったりすると「それはノイズだ!」と避難されてしまうことすらありました。また今のように返信元のメールの文面を引用するのも嫌われましたね。「そんなものはメールヘッダを読めば元メールは判るよね?」ということだったんですよ。まだハイパーリンクが一般的に使えるようにはなっていなかったので、一意に何らかの資料を指し示すのに苦労が多かったのですけど。ネットニュースなどでも、あまり受けない内容だと「それはノイズだ!」と暖かく切り返されることもありました。

今でこそ通信速度も当時とは比較も出来ないほど高速になりましたし、PCの処理能力も動画ですらストレスをあまり感じないほどになったので「ノイズだらけ」のコンテンツに対しても、共有リソースがもったいないという意味で、S/N比をあれこれ言う人は滅多に居なくなりましたが、人間の処理能力はさほど変わっていないので、脳みそで処理する量としてのS/N比の重要性は今のほうが大事なのかもしれません。ネットでのコンテンツはノイズまみれなので、それこそAIに助けてもらって目的以外のコンテンツを選り分けないとならないご時世となりました。

通信内容を分析すると、バイト数で見れば、もう大部分は何だか判らないデータばかりですが、それを節約する努力に必要なコストのほうが高く付くので、結果的にゴミが増え続けているなぁと SDGs ではない現状は少し憂います。少なくともゴミをお金にしているビジネスモデルは、どうなんでしょ?とは思います。もちろん、何をもって有用なデータであるかは、人によって違いますし、いろいろな解釈があるので一筋縄ではありませんが、そこにつけ込むのは幸せではありません。

そういう意味では、自分の書いたコンテンツが、ちゃんと有用なものであるか、無駄は無いのか、少しだけ緊張しながら発信していた時代が懐かしくもあります。

ヘッダ画像はいらすとや さんより
https://www.irasutoya.com/2016/04/blog-post_42.html

#SN比 #ノイズ #通信量節約 #無駄な情報 #ゴミデータ

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