終わりに

あれからどれ程の時代が過ぎ去ったのでしょうか。
今も私はあの時と同じ月を眺めています。
あなたはもうこの世には居ないと諭す者も
果たすことの無い約束をした者も現れてはくれず
私はまた一人になってしまいました…
瞬く間に時は流れ
人の憐れを知ると、若菜の頃の一途な恋も幼さゆえの輝きと力強さが
眩しいほど羨ましさご老いた心に痛く切なく
まるで、ピンと張った琴の弦のように響いては
あなたの優しい声を思い浮かべ心乱れるのです。
猫一匹も現れない静か過ぎるこの部屋で
ずっとあなたを待つだけの私の生涯は
物語も絵にも
詩の一首さえも成らないつまらぬものでしょう。
ですが、私なりに懸命な暮らしであったのです。

都に憧れ、手習いに勤しみ、思いがけず、あなたにお声をかけてもらいたった一晩のお相手であったとしても、私は幸せな恋をしたと思います。
それで十分だと、自分には勿体ないからと何度言い聞かせた事でしょう。
ですが、あなたは
「必ずや逢いに行く。」と、なんと罪深い事を仰ったのでしょうか?

頭では叶わぬものと諦め、その裏、心ではあなたの訪れを夢に描き待ち続ける
女とは、なんと浅はかで欲深く夢見がちな生き物なのです。
そして、こうして待ち続けることで生き甲斐を見出し長生きをしてしまう。

もし、あなたがシワだらけの翁になって目の前に現れたても
私はこのやせ細った手であなたの顔を愛しんで撫でながら
「よう来て下さった…」と喜んでお迎えするでしょう
それほど……長い間私はあなたを待ちわびたと言う事です。
気づいたのです。
人とは言葉に如何様にも縛られると。

あぁ、わかってます。もうあなたはここへは来る事は無いと。
私も同じなのですから。
もうあなたの所へは行きたくとも出来ないのです。
伏したまま起き上がる事すらままならない、朽ちていくのをただ待つだけの体に
未練がましく離れられないのは、あなたの声が毎夜毎夜涙とともにまるで香の煙のように褥に囁きかけ、体を熱く絡めては、引きちぎりようとしてもがくほど忘れる事が出来ずに、
今となっては夢ともうつつとも、もうどうでもいいのです。
このような私をあのもの達が許すはずもなく、迎えてはくれないでしょう。

情けなや、悲しやな。

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