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コロナ危機下の社員エンゲージメントを高める「オフライン」対話

1月16日に国内初の感染者、同月18日には日本人初の感染者、2月13日には国内初の死者が確認され、その後コロナウィルスは急速に拡大を続けました。4月7日にやっと緊急事態宣言が発令され、その後国民の活動が制限され続けていますが、緊急事態は期限だった5月6日以降にも延長されるようです。
もはやコロナの収束を前提に仕事は続けられない中、職場ではデジタル化が加速化しました。デジタル化に出遅れ感のあった日本においても、もはや言い逃れをしている場合ではなくなってきたということです。今では、多くの職場でテレワークというスタイルが余儀なく選ばれています。

ここで職場のリーダーに求められているのは、新しい技術の導入とその運用だけではありません。社員はあきらかに不安を抱えています。メディアから流れる情報や町の様子は、見かけ上は気丈に振る舞っている人たちの無意識の中にも不安感を拡げているのです。

社員エンゲージメントとマズローの欲求5段階説

私は、これまで社員エンゲージメントを語るときに、よくマズローの5段階欲求説を引き合いに出してきました。
それは有名なピラミッド型の図で説明され、下から
① 生理的欲求 ②安全の欲求 ③所属の欲求 ④承認の欲求 ⑤自己実現の欲求
と続きます。

マズロー

これまでのエンゲージメント向上は高次欲求にフォーカス

これまで、職場のエンゲージメントを高める上では、③の「所属の欲求」以上にフォーカスをしてきました。
「生理的欲求」や「安全の欲求」については、社会や家庭の中である程度満たされているだろうし、いずれにしてもそれは職場であまり話さなくてもいいだろうと思っていたのです。だから、エンゲージメントを高めるためには、ゴールを明確にし、意味を感じ、承認し、チームワークを高め、成長を実感すればいいと伝えてきました。

危機下のエンゲージメントは根源的欲求に配慮

しかし今、職場のリーダーは、より根源的な欲求についても配慮しなければならなくなってきたのです。安全の欲求が脅かされる状況では、これまで満たされていた所属の欲求も脅かされてしまうからです。
リモートワークを進めるのは、効率のためや成長のためではなく、本人そして他者の健康と安全のため、そして社会のためにやらなければならないことなのです。リーダーはそこをしっかりと伝える必要があるでしょう。
こんな環境下では、「この会社、業界はどうなるんだろう?」「世界はどうなってしまうんだろう?」「自分は将来も仕事が続けられるのだろうか?」といった不安をよく聞きます。一方で、そんなものからは目を背けてもっと仕事をしたくてうずうずしている人も多く見受けます。「なんで今まで通りサクサク仕事しちゃいけないんだ」といった声もかなり聞きました。
職場には不安だけでなく、不安を反映したフラストレーションもかなり高まっているのです。

危機下に求められるリーダーシップとは

そんなコロナ危機下で、部下の根源的な欲求にこたえながらリーダーシップを発揮するために留意するべきなのは次の4点です。

信頼
共感
透明性
健康、感情、家庭生活への配慮

具体的には、どんなことをしたらいいのでしょう?

その前にちょっと古い話をさせてください。今世紀に入ったばかりの頃の話です。
当時、私はアメリカのデトロイト市で働いていたのですが、上司による絶妙なリーダーシップによって仕事や組織に強くエンゲージしたという経験をしました。

日本からデトロイトに転勤したばかりの私は不安で一杯でした。治安の悪いダウンタウンだけではなく、長距離の車通勤や知らない街での生活にはいろいろなリスクがあります。自分で志願したのだから、プロとして結果を出さなければならないのは分かっているものの、不安から思いっきり仕事ができない状態が続いていました。
そんな中、上司のジムは私の話をよく聞いてくれて、人事部との間に入って必要なサポートを受けられるように尽力してくれました。本人も慣れていないことなので、人事を巻き込んで、いろいろ試行錯誤をしてくれました。サポートそのものよりも、上司がそこまで私の生活に配慮してくれていることが嬉しく、何事にも不安を感じ始めていた私にとって、職場が一転、とても居心地のいいものとなりました。
また、ジムは私の大嫌いな電話会議、いわゆる「テレフォン・カンファレンス」でも気遣いを見せてくれました。
ネイティブ同士が電話で話している中に入り込むのは本当につらいものでした。ちょっと集中が切れると何を話しているのか分からなくなってしまうのです。そこで突然名指しをされ「アジアに詳しい君の意見はどうだ?」なんて振られてしまうと、しどろもどろになり、もう地獄のようでした。
赴任当時、私のそんな様子を見ていたジムはカンファレンス中によく「ちょっと『オフライン』で話させてくれ」と言って、電話機のミュートボタンを押しました。そして、私にちゃんと理解しているか確認し、さらに私だから貢献できそうなことについて発言のアドバイスまでしてくれました。

そんな継子扱いされてプロかよ、と思われるかもしれませんが、ここまで自分を気遣って期待してくれているということに私は感謝し、会社や部署への愛着も高まり、もっといい仕事をしようと努力しパフォーマンスを高めたのです。
「外国人なんだから・・」「アメリカの、しかも危険なデトロイトなんだから仕方がない」などと言い訳はできたのですが、気遣いをしながらも結果に執着するジムの前ではそんな甘えたことはとても言えませんでした。

私にとってジムという上司の特徴は、「オフライン」を効果的な使うという面でした。彼の「オフライン」とは、対面というだけでなく、非公式で、ジョークまじりの雑談が多く、何でもオープンに話し、相手に共感し安心感を与えるが結果には厳しい、というものでした。私は彼のスタイルがとても分かりやすく、一緒に働きやすいと思っていました。
ジムとの対話で満たされた私の「安全の欲求」は、その後、「所属の欲求」など上位の欲求を満たすことの土台となり、結果的に私はチーム意識に目覚め、社員エンゲージメントを高めたのです。

オンラインがメインの時代、というかすべてがオンラインとなっているリモートワークの今、ジムのような「オフライン」のコミュニケーションがこれまで以上に大切になってきていると思います。これが危機下のリーダーシップに求められる行動ではないでしょうか。
しかし、雑談などの「オフライン」会話が苦手な上司はいまだに少なくありません。その言い訳はこんなところでしょう。
・ 「雑談など時間の無駄だ」
・ 「部下や他者の人生に入り込みたくない」
・ 「感情とか、メンタルとか、マインドとか、私の仕事ではない」
・ 「今はOn-Lineの時代だ!もっとドライにいきたい」

こういったパラダイムを変える必要性はコロナ危機とは関係なく、これまでもずっとリーダーたちに求められてきたことです。
職場の生産性を高めるためには、上司は業務の指示だけではなく、対話によって感情的なつながりをつくり、部下のエンゲージメント(熱意、当事者意識)を高めることが必要だということは、さまざまなコンサル機関の分析で証明されています。むやみに人の人生に足を踏み入れるとかどうとか、というような問題ではないのです。
でも、それがなかなかできない。

コロナ危機を利用してエンゲージメントを高める?

それなら、コロナ危機を利用すればいい。
これまで、気恥ずかしさから部下と「オフライン」のコミュニケーションを取ってこられなかったリーダーは、「コロナだからさあ、」「こういう時だから、みんながどう思っているのか、聞いてみたいんだが」などと、頭を掻きながら、部下との雑談や個別の対話を楽しんでみてはどうでしょうか?もちろん電話やZoomで。部下も、そのような前置きがあれば「気持ち悪く」感じずに、上司の豹変を素直に受け入れられるかもしれません。

こんな職場のちょっとした変化が日本中で起これば、もしかしたら将来、「コロナ危機があってよかったこと」の1つとして、当時の対話を振り返ることになるかもしれません。
楽観的過ぎるかもしれませんが、それは世界最低といわれる日本の社員エンゲージメントの汚名を返上することになるかもしれません。
不安と我慢ばかりのコロナ危機ですが、そのくらいの希望は持ってもバチは当たらないのではないでしょうか。。。


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