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プリズン・サークル~“Welcome to my jungle”

少し前になりますが、坂上香監督の「プリズン・サークル」という映画を観ました。
 それは、「島根あさひ社会復帰促進センター」という刑務所内で撮影された、稀有なドキュメンタリー映画です。
 多くの人は刑務所というと、懲罰の場だと考えるでしょう。しかし、本来刑務所は更生の場であるべきなのです。多くの刑務所で、受刑者は社会から遮断され、看守からは番号で呼ばれ、厳しい規律と共に労役を課され、懲役が終わるのをただ待つというのが実情です。
 罪人なのだから仕方がない、という考え方もあるでしょうが、この体験に懲りて深く反省しもう犯罪は起こさないかというと、そうでもなさそうです。
2015年度の犯罪白書によると、出所受刑者の釈放後の再犯率は36%にも上るのです。さらに、2019年の犯罪白書によると、検挙者に占める再犯者の割合を示す再犯者率は48.8%です。
 どうも、現状のシステムが機能しているとは思えません。では、刑期をもっと長くすればより深く反省して再犯しなくなるかというとそういうものでもないでしょう。

TC(セラピューティック・コミュニティ)

犯罪先進国ともいえるアメリカではTC(セラピューティック・コミュニティ)という手法が開発され、それが実施されている刑務所では、米国の他の刑務所に比べ再犯率が3分1という実例(ドノバン刑務所)もあります。それを日本に取り入れたのがこの映画で取り上げられた「島根あさひ社会復帰促進センター」です。
このプログラムでは、労役に加え、「サークル」と呼ばれる円座での対話によって、受刑者たちが犯罪の真の原因を探り、問題の対処法を身につけることを目指しています。
映画の中では、詐欺、強盗致傷、傷害致死などの罪状を持つ受刑者が、プロのファシリテーターに促されながら、自分のことを語ります。初めはうまくいかないのですが、だんだんとフタを閉めていた過去の体験が語られ始めます。そして、彼ら加害者たちは、実は過去にDVなどの被害者であったことが浮き彫りにされてくるのです。ここで終わらせては「暴力の連鎖」という安易な結論に終ってしまいます。
しかし、サークルでは、さらにお互いに質問をして、自分のことを探求することを支援し合います。映画ではカットされていますが、「支援員」と呼ばれるファシリテーターも自分の過去をかなり自己開示しているらしいです。これは一般的に臨床心理士としてはやってはいけないこととされているのですが、TCではお互いの自己開示が前提とされています。この点は、コーチングの視点でも興味深いです。コーチはあまり話してはいけない、と言われがちですが、コーチによる語りも大切だともいえると思います。
通常は番号で呼ばれる刑務所ですが、ここでは○○さんと呼ばれ、会話の中では笑顔も見られるようになります。
受刑者なのに楽しい体験をしているようにも見えます。しかし、サークルは、ある意味労役以上につらいかもしれません。例えば、メンバー同士で、ロールプレイも行います。別の受刑者の被害者役を演じていた受刑者は、被害者の気持ちに入りこみ、泣き崩れます。その加害者も言葉を失ってしまいます。
過去にトラウマがあるからといって罪を許そうというわけではありません。もっと、自分が変わるような深い体験をして、更生につなげようとしているのです。
あえて言うなら、労役や懲罰なんて「甘い」ものでは受刑者は更生しないのではないでしょうか?それよりも、自分の過酷な過去に向き合い、被害者としての自分を受け入れ、さらには自分の犯罪の被害者の感情、苦しみを心の深いところで知る。こんな苦しい体験をしなければ、本当の更生にはつながらないのではないでしょうか?

自分自身をとことん研究する「当事者研究」

さて、とりあえず罪状のない私たちビジネスパーソンですが、みんな多かれ少なかれ、誰か人を傷つけたり、冷酷な嘘をついたり、ごまかしたり、自己中心的なふるまいをしたことはあるでしょう。中にはバレていないだけでとんでもない大罪を犯している人もいるかもしれません。それらが法に触れない、あるいはバレないとしても、その罪の意識は自分の心の中で澱のようにたまっているのではないでしょうか?それが私たちを生きづらくしているものの正体だと私は思います。
私は今、「当事者研究」というアプローチを勉強しています。簡単に言うと、自分自身をとことん「研究」し、自分の過去を取り戻し、自分のストーリーを取り戻す、とういうことでしょうか。
自分のことを「研究」するということは楽しみであるとともに、結構怖いものでもあります。自分がフタをしていた過去を見つめなおし、それを受け入れなければならないからです。私自身も、ヘラヘラ生きていたつもりでしたが、これまで目を向けていなかった過去があり、それを自分の中で再認識し、自分の大切な「苦労」と受け入れたことによって、とても静かな気持ちになりました。その結果、だいぶ日常のイライラが減ってきたのです。それは、「自分というジャングル」に足を踏み入れ研究するような作業です。

私は「当事者研究」とは、健常で罪状もないビジネスパーソンに対しても、その社会生活を豊かにするために、大いに可能性のあるアプローチです。今後「当事者研究」については、ワークショップなどで紹介していけたらと思います。

映画「プリズン・サークル」公式ホームページ


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