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“パンパンガール”を語る17【男娼の“とくちゃん” 米兵を蹴り倒す!の巻】

前回に続いて男娼の話。金ちゃんの記憶では、朝霞には少なくとも二人の男娼がいた。
一人は前回登場した「女風呂に一人で入る“おとこ女”」。

もう一人が今回の主人公「とくちゃん」。


とくちゃんの“モンローウォーク”。小柄だがスタイルが良く、何よりお洒落だった。

貸席に長期滞在

━━ とくちゃんは、金ちゃん家(ち)に、長いこと、間借りしていた人ですよね?

金ちゃん) そうですね。

金ちゃんの母親が切り盛りしていた「貸席」。もともとは時間貸し、今で言うラブホテルのような施設だったが、いくつかの部屋は、ハニーさんが間借り、つまり長期滞在していた。

ハニーさんからしてみれば自分の部屋だからゆったりと寛げ、貸席からすれば安定した収入が望める Win-Winの関係だった。

朝霞の駅前にあった貸席。

女より女らしい


━━ とくちゃんは、本当にお洒落ですよね?

金ちゃん)
うん、なんていったらいいかな?
・・・お洒落というか、今になって私が思うのはね・・・、子どもの頃はそんなこと感じなかったけど、なんていうんだろう・・・体の見せ方を知っている?

━━ はい?

金ちゃん) 男にこういう体を見せたら、男は気を惹かれてついてくる(笑)…っていうのが分かってた感じね。

━━ へぇ~。

金ちゃん)街場の女のハニーさんよりもむしろ、その辺のところは分かってたみたい。
だから歩き方にしても、後になって言われるようになったモンローウォーク? あんな歩き方をしてましたよ。

━━ 女性より、女性を強調したようなファッションなり仕草をしていた?

金ちゃん) していた。だから殆ど、とくちゃんを男だとは気がついてなかったんじゃないですか?

━━ 相手が?

金ちゃん ) はい。
まあ、お客になればそれは分かりますよね。分かるとは思うけども、ぱっと見では…。

むしろ、普通の、街に立ってるハニーさんより、うんと綺麗だった。

━━ でも、相手の米兵は、交渉してる間に「男だ」っていうのは分かりますよね? 分かんないんですかね?

金ちゃん) 分かるか分からないか、ぼくには分からない(笑)。

━━ いざ、事に及んで男だった時に、「げっ、男か!」って言って、怒っちゃったり逃げ出したりするのか、あるいは、男だって承知でそのまま及ぶのか?

金ちゃん) だから・・・とくちゃんが、MP[※1]に連行された時の話は、要するにそれなんですよね。

━━ 連行された?

とくちゃんは朝霞では客を取らず、毎晩定期券を使い、東京へ出ていった。部屋に客を連れてくることもなかった。
けれども一度、赤毛の米兵と一緒に帰ってきたことがある。
それが大騒動の始まりだった。

真夜中の大乱闘


金ちゃん) ある晩ね、貸席のとくちゃんの部屋で大声がした。
ひび割れた半鐘の様な… 浪花節語りの様な声で、「ガッテンメ サナバベッチン  ゲラリヒヤ」。

とくちゃんが言い放ったのは
“ Bosh! God damn it.  Son of a bitch!  Get out of here."

そして、障子を倒して、とくちゃんと米兵が廊下へ転がり出てきた。

━━ うん…

金ちゃん) 要するに、米兵は女だと思って、とくちゃんを買ったんだけども、「いや、男だ!」ってんで怒ったわけですよね。
それで喧嘩になって、とくちゃんが「踵(かかと)落とし」で倒しちゃったんです、米兵を。

━━ はい。

金ちゃん) 米兵は、鼻血で顔を染めて失神していました。

金ちゃん) そのあと、とくちゃんは米兵がモンキーハウスと呼ぶ、サウスキャンプにある 留置所に何日か留められて…。
帰ってきた時は見るも無惨な姿で、白粉も口紅も剥げ落ち、髭ぼうぼう…。

━━ うん、うん。

金ちゃん) 母親はすぐお風呂に入れてやって、元のとくちゃんに戻った。

その時に、とくちゃんは何も言わなかったんだけども、家へ出入りしてた駅前交番のお巡りさんが、

「あの人は徳島の出身だから“徳ちゃん”と言ってたんだ」って。

徳島に、日本拳法を守ってる有名な家があって、そこで師範代を勤めてた男なんだって。

━━ とくちゃん?

金ちゃん) とくちゃん。

━━ へぇ~!!

金ちゃん) だから、踵落としとか、もう得意中の得意です(笑)。アメリカ兵なんか一発で倒しちゃうわけですよね。

いつも手袋をしていた理由(わけ)

金ちゃん) で、それを聞いて私は思った。

「だから、とくちゃんは手袋を離さなかったんだ!!」

━━ えっ、どういうことですか?

金ちゃん) 実はとくちゃん、一年中、手袋をしてたんです。暑い夏も…。私は不思議でならなかった。

だけど、留置所から戻って来たときは手袋がなく、節くれ立った太い指は紛れもなく男の手でした。

それでわかった。ごっつい手を隠したかったんだなって。

━━ ああ…

いつも手袋をしていたとくちゃん。レースなど、白いものが多かった。

心が女性のとくちゃんにとって、拳法で鍛え抜いた手は、むしろコンプレックスだったのだろう。

金ちゃん ) 当時ね、白とかレースの手袋なんてすること自体、なんていうかな、まあ、普通のハニーさんには考えられないこと。欲しくても手に入らなかったしね。

とくちゃん お洒落術

洋裁教室の先生をしていた金ちゃん。今でもレースの端切れをたくさん持っていて、それを絵に貼り付けるのもお手の物。

━━ このレースもお洒落ですよね。

金ちゃん)  そうそう。いつもスカーフをこんな感じにね…。とにかく綺麗にしてましたよ。

━━ へぇ~。

金ちゃん) それで、胸はこういう、とんがったブラジャーをしてね。

━━ へぇ~。

金ちゃん) 当時、乳バンドって言ったんですけど、とくちゃんは、先の尖った汁碗くらいの大きさの乳バンドに、アメリカ製の艶々のナイロンストッキングを丸めて詰めていました。

━━ へぇ~、

金ちゃん) 女性の誰もがストッキングを欲しがっていた時代ですからね、盗まれないように隠しているのかと思いましたけど、そうじゃなくて、アンコ…

━━ アンコ?

金ちゃん) 要するに、みせかけの乳房のためのアンコだったんですね。

━━ ああ、胸が大きいと思わせるために?

金ちゃん) そうそう。

━━ お尻もパット入れてたんですかね? 

金ちゃん ) お尻は入れてないと思う。

とくちゃんの部屋には女性垂涎の三面鏡があり、綺麗な小瓶に入った化粧水や白粉などがたくさん並んでいた。化粧品は全部アメリカ製。他のハニーさんはこんなに化粧品を持っていなかった。

朝霞では商売をせず、毎日、定期券を使って東京に通っていたというとくちゃん。

朝霞には、男娼の需要があまりなかったということなのか?
それとも、単に東京の方が稼げるということだったのか?

白百合会[※2]の女親分“ゴリラの照”からはしつこく入会を強要されたものの拒み続けていたという。そうだとすると、白百合会の束縛が嫌だったのかもしれない。

今となっては分からないが、ともかく、とくちゃんの稼ぎは良かった。

三面鏡にはアメリカ雑誌から切り抜いたハリウッド女優のロンダ・フレミングの顔写真が貼ってあった。

とくちゃんも弓形の細い眉を描き、 鶏冠色の口紅を引くと、写真の女優に似てしまうのが、金ちゃんには不可思議だった。

とくちゃん その後


━━ とくちゃんは、その後、どうなったんですか?

金ちゃん) 例の赤毛のアメリカ兵との乱闘のあと、留置所から戻ってきたとくちゃんのために、母は急いで風呂を沸かしました。

━━ はい。

金ちゃん) それで隣にあった食堂に、とくちゃんの好きな親子丼と味噌汁の出前を頼みました。 親子丼と言っても、高価な鶏肉の入っていない、比較的安かった豚小間切れの丼です。

とくちゃんは母に「マ マさん、ごめんなさい。許してください」と大きな目に涙を溜めて言 いました。

そして、翌日には駅前にあった日本通運の黄色いオート三輪に、三面鏡と二つの行李を積んで、我が家を去ったんです。

それが、とくちゃんを見た最後でした。

[※1]:MPはMilitary Police。アメリカ陸軍の憲兵。
[※2]:朝霞のパンパンガールを束ねる組織。

【 最後に、お断りを。

*金ちゃんの絵や、それに関連する文章には、今日においては「差別的」と受け取られかねない表現があるかもしれません。

*しかし、当時、人々がどんな生活を送り、何を考えていたかを知る手掛かりとして、あえて、その表現を使っていることもあります。

*また、扱うテーマの性質上、性的な絵や文章も多くなると思います。これも上と同じ理由で、オブラートに包まず、なるたけそのまま載せたいと考えています。

以上、ご理解・ご賢察の上、ご容赦賜れれば幸いです。 】


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