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険しい顔の男

免許センターの匂いはいつも通り、人混みと焦りの匂いが交じって浮かんできた。俺は窓口に並ぶ人々を眺めながら、あきちゃんのことを思った。彼女のスレンダーな姿や、秘めた知性を覗かせるメガネの裏の瞳。そして彼女が俺をどれだけ好きかを。

撮影ブースの前に立つと、カメラのレンズが冷たく俺を見つめてきた。俺は穏やかな表情を心掛けてみた。目を見開きすぎず、でも閉じすぎもしない。微笑は浮かべすぎず、でも無表情にもしない。でも心の中で、俺はふいにあきちゃんのことを思い出して、穏やかな微笑を浮かべた。あの温かい瞳が俺を見つめているような気がした。

シャッター音が響くと、俺は感謝の気持ちを抱えてブースを後にした。そして窓口で新しい免許証を受け取った。その瞬間、絶望が俺を襲った。

写真に映る俺は険しい顔をしたおじさんだった。こんなにも厳つい表情をしていたのかと驚く。俺は写真の俺を見つめながら、あの穏やかだったはずの瞬間がどこへ消えてしまったのかを思う。

「こんな顔で、あきちゃんに会えるのか...?」と心の中でつぶやきながら、俺は新しい免許証をポケットにしまった。免許センターを出ると、外は晴れ渡っていて、どこかの鳥がさえずっていた。

俺は車に向かいながら、あの写真を思い出して苦笑いした。しかし、あきちゃんは俺のその硬く閉じた顔でも、その背後にあるなにかを知っている。そして俺も知っている。あの写真の険しい顔が、実は穏やかな心を持つ男の証だと。

そして俺は誓った。次の免許更新の時には、もっと自然な笑顔を見せるんだと。そしてあきちゃんに、もっと優しい俺を見せるんだと。

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