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日が暮れても彼女と歩いていた

空は雲が覆いかぶさっていた。
病院の親族待合室の窓から雲の下をスゥーーと行く飛行機を見ていた。
飛行場が近いから高度を落としているのだろう。雲よりだいぶ下を通過している。
飛行機が目視出来なくなるまで見ているとふわっと一羽の鳥が舞った。
それを見ながら僕は大きくタバコの煙を吐き出した。

お父さんが肺癌の摘出手術をしている。
内視鏡なんかじゃ摘出出来ない場所にあるみたいで大掛かりな手術になるみたいで、僕は午前9時から、この10畳に満たない親族待合室に待機している。
福岡市では大きめの病院だが、各家族に一つの待合室があるわけではなく、今日手術のある患者の家族全員がその待合室で待機する仕組みになっている。
僕は朝からずっと一人でいる。
カミさんが一緒に来てやると言ってくれたが、待機している人数が多ければ多いほど手術の成功率が上がり、病状が良くなるわけではないので、わざわざ有休を取らせて連れて行くのも悪いので僕は断った。
1人でラジオを聞いたり、本を読んで時間を潰すのは嫌いじゃない。寧ろ好きだ。
僕を入れ3人が待合室に待機していた。
入室時に会釈だけして安いソファーに腰を下ろした。
僕は昨日の深夜ラジオをタイムフリーで聞いた。
僕は今年で41歳になる。起床時間が6時の僕にはもう1時3時の深夜放送はリアルタイムで聞くのは難しかった。
リアルタイム と表記しているが、SNSやネットで リアタイ と表記されていることは知っている。知ってはいるが、リアルタイムをリアタイ、タイムフリーをTFと表記して得意になるのがなんか小っ恥ずかしいので僕はリアルタイムと表記するし、発言する。
今日は水曜日なので火曜の深夜放送を聞くことになる。
爆笑問題カーボーイ、DCG、深夜電波の3番組あるから、ゆっくり3時間半は退屈する事はない。ただ、シーンとした待合室でゲラゲラ笑うわけには行かないので、マスクを着用してフードを被って「寝てますよ!」的な顔をして聞いていた。
手術は6時間と聞いていたので、ラジオが聴き終わりあと2時間半ある。
退屈しないように中島らもの「砂を掴んで立ち上がれ」を持って来た。
何度も読んでいる好きな本だ。
本を読み始めて5分くらいで1人が退出して行った。手術が終わったようだ。

待合室は2人 1対1

本を読み始めて20分くらいするとガチャっとドアが開き6人が入って来た。
驚愕である。今まで三国志の如く膠着状態が続いていた待合室の均等が崩れた!
一気に1対7になったのだ。
「おのれ!!抜かったわ!!」
多勢に無勢である。まさかここで数の勝負に出て来るとは!
7は親戚一同で来ているらしい。そんな結婚式みたいな事は僕は聞いていない!
そして、誰と誰が浮気しただの、心配だったのよ!太っただの、痩せただの、どこどこの誰が亡くなっただの、元気過ぎるだの、旅行はツアーじゃないとお金が嵩むとか、どうでも良い同窓会が始まりましたのだ。
本なんか読める雰囲気ではない。
ここで単機で勝負に出るほど僕は若くない。僕は意外と策士なのだ!
圧倒的な数で推されてる場合は、距離を取りつつこちらも数を整えるのが掟である。
僕はカミさんに
「状況が変わった!すぐ来たれし!」と早馬を送った。
それから仲の良い後輩にも
「カズキちゃん状況悪し。援軍頼む!誰でも良いから4人か5人連れて来てくれ!!」
武力も兵法も知らなくても良い!先ずは数で均等を築く!!それから僕の策が炸裂するのだ。
カミさんは仕事を早退して絶影で駆けつけた!待合室に入るなり状況を察した彼女は、とりあえず僕の横に座り後輩の到着を待った。
程なくして後輩が赤兎馬で駆けつけた。
全く知らない後輩の後輩を2人連れて来ている。デカした奴である。
ここに来て数は7対5まで持ち込めた。もうこれで相手も好き勝手に攻め込めない状況になった。
実はカズキ軍の援軍はここまでである。
後輩も頑張ったが、平日の昼間にまともな大人は捕まらないのである。
しかし!ここで僕は咄嗟に
「井上君とリッちゃんと相沢君は、あとどれくらいで着くのかね?」
察した後輩が答える。
「もう駐車場って言ってたから10分もしないと思いますよ!」
自分の策士ぶりに怖くなっちゃう。
ホントはもう誰も来ないのに後3人来る気配を感じさせる事によって、相手の数を上回ったのである!!!!!!
死セル孔明生ケル仲達ヲ走ラス
とはこの事である。
この待合室はもう僕の支配下にある!!
また睨み合いが始まる。無秩序であった待合室に平静が訪れたのである。
僕の携帯のバイブ音が鳴る。7人組は援軍が到着したのではないのかと固唾を飲んで僕の動向を見ている。
「もしもし!」
「カズキさんの携帯ですか?お父様の件で待合室に来て欲しいのですが?」
「今、待合室にいますよ!」
「??何階にいらっしゃいますか?」
「6階です!今僕の手中に治めたばかりですよ!良政を築き大きくして行こう思います。7人組をやっつけてからですがね!」
聞こえよがしに言う。
「カズキ様のお父様は5階で手術ですが、、、、」
「あっ、えっ?マジですか?すぐ向かいます。」
三國統一仕掛けたこの瞬間、僕の指の隙間を擦り抜けて夢は破れて行った。
僕は泣きながら
「全軍撤退!!!!!!!!」
窓の外の雲はすっかり晴れて西日が刺していた。
これ実話です。

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