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乱世の奸雄
僕は車で通勤している。子どもが生まれるまではバイクで通勤していた。
今でもたまにカミさんが学校行事とかで車を使う時はバイクで通勤する。FTR223という格好良いバイクだ。
暑い日や雨の日は大変だが、天気の良い日は非常に気持ちが良く、絶影を駆っているつもりで蒼天航路ごっこをしながら通勤している。
「張!来!来!!」渋滞をすり抜けながら僕は言う。
今年の夏で43歳になるけど、蒼天航路ごっこ はやっぱりやっちゃう。
信号で止まると、通行人や周りの人に聞こえない声で「張!来!来!!」と自分だけに聞こえる声で言う。
その日は雨だった。僕は合羽を着用してバイクに乗った。
「張!来!来!!」「張!来!来!!」
次の交差点を曲がると会社の前の道路に差し掛かるって場所にバス停があって、そのすぐ先に信号がある。
タイミング的なものがあって、大体いつもそこの信号で止まる。
今日もそこで止まっていると1人のガールが僕に近寄って来た。
いつも見るガールだ。通勤する時間なんて大体誰もいつも同じだから、すれ違う人や車は、注意して見ていると同じ人が多かったりするものだ。
ガールは僕に向かって一直線に歩いて来る。
赤信号で止まってる僕にガールは「飛んだんですけど!」と言った。
僕は一瞬何がなんだか分からなかった。
僕はバイクで「走って」いるのであって「飛んで」いないし、ガールはバス停に「立って」いるのであってこれまた「飛んで」いない。
もう「張!来!来!!」って言ってる場合ではない。
僕は少し混乱しながら「どうしたんですか??」と聞いた。
するとガールは馬上の曹操のように捲し立てた「濡れたの!!」
僕は「どうしてこのガールは朝から下ネタをいうのだろう?見知らぬ僕に。」と本気で思った。
濡れてるアピールをされた以上、僕も男である以上は挿入したいけど、通勤中だし、雨降ってるし。
そうだ!京都に行こう!! くらいの感覚で そうだline交換でもしよう!と僕が考えているとガールは足元をアピールする。
大胆な人である。朝から多くの人目があると言うのに僕に足元を見せつけて来るのである。
そこまでされたら僕だって大の大人である。据え膳食わぬは男の恥!受けて立とうではないか!!と思った瞬間。
「あなたのバイクが水を跳ねて私濡れたんです!!!」
近くで見ないと分からないが、ガールのストッキングに一滴雫の跡がある。よく見ないと確認出来ないけど確かに濡れている。
下ネタではなかったのだ!!
そして驚いたことにガールは怒りに任せて、差してた傘をバス停に放り投げて僕にクレームを言いに来ている。
つまりガールは、今や全体が結構濡れている状況なのである。顔を真っ赤にしてプンプンしている。
「あなたに文句を言いに来たから、全部が濡れちゃったじゃないの!?どうすんのよ!?」
ガールは自分が傘を放り投げたのも僕のせいにして怒りをぶつけて来ている。
僕が故意にガールに水をかけたなら、ガールに呼び止められて文句を言われても致し方ないが、僕はバス停に人がいるのを把握して速度を落として走行した。
自分としては十分に配慮をしたつもりでいる。
僕も雨の日に車の水やバイクの水がかかった経験はある。「うわぁ!!」とは思うけど、わざわざ追いかけて文句を言ったことは一度もない。
雨の日というのは、そういうものであって道路側を歩いていた自分も悪いからである。
こう見えても僕はもともと武闘派である。地元では「乱世の奸雄」と言われたものである。
僕はバイクを路肩に止め、ヘルメットを地面に叩きつけた。
そして乱世の奸雄で武闘派の僕は言った。
「ごめんなさい。全然気付かないで。。わざとじゃないんです。申し訳ありません。」
武闘派のカケラもない。情けない。
するとガールは少し恥ずかしそうな顔で「もう良いです!!」と言って足早にバス停に去って行った。
「張!来!来!!」「張!来!来!!」
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