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百貨店ラブストーリー

 酒本たかしは、奈良県の出身で、いまは東京の百貨店内、酒売り場に勤めている。
 漬田まやは、たかしの幼稚園、小学校の同級で、たかしと同じ百貨店内、漬け物売り場で今日もマダムたちの接客をしている。

 酒売り場と漬け物売り場は、大きな声を出せば声が届く距離にあるのだが、お互いは、お互いが同じ百貨店で働いていることを知らない。
 実際、まやは、大きな声を出して客引きをすることが多いのだが、たかしは、まさかその声が、幼なじみの少女の声だとは考えもしなかった。

 たかしとまや。お互いに、お酒が好きだ。

 ある日のできごと。
 たかしは今夜も一人、お酒を飲もうと考えていた。肴にこだわりはないが、一人暮らしの彼にとっては、24時間営業のスーパーで、割引シールの貼られた「できあい」のものを、溺れるほど愛していた。
 だけどなんだか今夜は、漬け物。それも地元の名物、奈良漬けを食べたいと思った。

 一方まやは、自分の働くお店の漬け物が、いつも一人酒の肴になっている。試食用に封を切ったものが余り、処分するので、お酒好きの彼女は先輩にお願いをして、いつも持ち帰るのだった。
 お酒は、いつも近所のスーパーで購入していた。まやがここで働き始めた頃、同じ百貨店内の酒売り場へ行ったことがあるのだが、そのときは、お気に召したものが取り揃えてなく、それからはなんとなく足を運ぶことがなくなった。これは、たかしがまだここで働く前のお話。
 だけどなんだか今夜は、久しぶりに百貨店の酒売り場を見に行ってみようと思った。

 たかしの休憩時間。たかしは漬け物売り場へ。
 接客してくれたのは、年配の女性店員だった。奈良漬けを購入し、休憩室で、お弁当屋さんの幕の内弁当を食べる。

 まやの休憩時間。まやは酒売り場へ。
 接客してくれたのは、年配の女性店員だった。日本酒を購入し、近くのカフェで一人ランチ。パスタを食べる。

 たかしとまや。二人の休憩時間は、たまたま同じ頃だったので、お互いの売り場に行ったが、お互いがいない時間だったのだ。
 約15年ぶりの、運命の再会……とはならなかった。

 休憩時間が終わり、たかしとまやは、互いの売り場に戻る。

 まやが、ふとレジ付近に目をやると、そこに黒色の定期入れが置いてあることを認めた。忘れ物だ。
 忘れ物は、百貨店の総合案内という部署に持って行かなければならない。休憩が終わり、接客モードに入ったところだったまやにとっては、水を差されたような気分だ。しかし、自分が見つけた忘れ物を先輩に持っていってほしいなどと言えるわけもなく、仕方なく、定期入れを持って総合案内へと行くことにした。
 定期入れといっても、貴重品なわけで、個人情報が入っているわけで、別段見るつもりはなかったのだが、どこから来ている人なんだろうという、くだらない好奇心で、ふと定期券の表面を見てしまった。
 駅名の下に刻まれた持ち主の名前が、まやの目に飛び込んできた。その無機質なカタカナの連続に、見覚えがあったのだ。
 同姓同名の人もいるものだと、地元の奈良県から遠く離れたこの場所で、初恋の少年のことを、ふと思い出した。
 過去の淡い恋愛を思い出して、少し微笑んでいたまやは、曲がり角、だれかとぶつかった。

 まやの目の前に現れたのは、その初恋の少年。スーツを着こんだ初恋の少年が目の前にいるのだ。
 初恋の少年もまた、着物に身を包んだ初恋の少女が目の前にいることに、驚きを隠せなかった。

―――――

「おつけものと、ごはんは、よく合うね」
 笑顔がまぶしい娘を見ていると、妻の少女時代を思い出した。
 そうか、妻に初めて恋をしたのは、いまの娘と同じくらいの歳だったなと、たかしは勝手に納得する。
「まだまだ子どもやな。大人になったら、お漬け物と、お酒がよく合うようになるんやで」
「ちょっと、あなた」
 娘に、夫婦の楽しみを伝えるのは野暮なことだと、まやは夫を制した。

 たかしとまや。
 二人が働く百貨店「伊勢丹」は、今日もたくさんの人の笑顔で満ち溢れている。

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