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なぜnoteを使うのか。

読むことは人を豊かにし、話すことは人を機敏にし、書くことは人を確かにする
                  (フランシス・ベーコン / 1561 - 1626 )

長い間、Noteに興味を抱いてきたのだけれど、
今までついぞ、アカウントをつくる機会がなかった。

ブログはwordpressで作っていて、それはそれで楽しかった。
けど、どこかSEO*1を意識し続けることに、疲れを感じていた気もする。

自身の素直な心情を表現しきれないような。
そんなもどかしさがあり、思い切って新たに始めてみた。

今になってどうして、というと
"見えない戦友(後述)" を意識しだしたからだ。

これは特に、
今年(2020年)に入っての、一連の出来事に由来するかもしれない。

*1 ... Search Engine Optimizationの略。検索エンジン最適化。Google検索などで、検索結果上位に入るために キーワードを文章やタイトルに組み込んだりする。

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答えのない世界に生きている

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コロナ情勢をきっかけに、いろんな友人たちとリモートで話すようになった。
昔、そこまで話さなかった人とも。あるいは、新しく話す人もできた。

ホテルで働く人、航海士、環境科学を研究する院生、
自衛官、商社で働き始めた人、アフリカ研究をする人。

みんな、興味も関心も人それぞれで 話のタネは尽きなかった。

オフィスや学校に行く意味はなんなのか。
いまだはびこる、人種差別の根底にあるのは何か。
50年後の世界は、どうなっているだろうか。

コロナのことに止まらない。
今年に入って、本当に多くのことを経験しているからだ。

検察庁法改正案への反対運動、SNS中傷による若い子の自殺、
香港情勢、Black Lives Matter、5Gの始まり、リモートワーク。

一連のことに共通して思うのは、
解決すべき課題や将来に対して明確な答えが存在しないということだ。

今年に限らず、元からそうといえばそうなのだろうけれど、
とくに20代半ばに差し掛かろうとしている身からすると、
どんな将来を思い描いて行動していけばいいだろうか、と考えるようになる。

仕事、恋愛、結婚、住む場所、財産、大学院、
ビジネス(起業)、出世、子どもの進学、老後の貯蓄、脳と肉体。

"答えがない"のは、外部の出来事にとどまらない。
20代は、重要な問いを内部にも多く抱えるようになる。
(もちろんそれ以降もだけれど)

若者の心理研究が専門のメグ・ジェイに言わせると、こうした人生における問いを後回しにして30代になるのは、大きなプレッシャーと困難をもたらす (pp.36-37 上書)、ということだ。

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"見えない戦友"

なぜ性的被害は、水面化でどうしてもなくならないのか。
人種差別は、歴史上から永久に消えないものなのか。
どうして人は匿名だと、あんなにも無情になるのか。

30までに結婚しなきゃいけない。
院に行ってキャリアは大丈夫だろうか。
今の仕事で、いいのかな。

外部の世界にも。
内部の自身にも。

ともすれば悲観的になりえるほど、課題はいっぱいだ。

そんな中、文章を書いてみる。
まとまってはいないけれど、感じている違和感とか疑問とか。

そうすると、そんなに深く話したことはない人から
"実は私も似たようなことを考えていたんだ" というリスポンスをもらうことが、
文章を書いてSNSに載せている際、時折ある。

自分も、"読者"としてその経験があるから、分かった。
直接話したことは大してない。でも、なんとなく気になっている人がいる。
で、その人の文章を読んでいると 不思議ととても親近感が湧いてきて、
どこか勇気づけられるような体験。あ、この人も同じなんだ、と。

としたら。
自分自身が発することばにも、
何かしらの影響を、小さくとも誰かに与えるかもしれない、と。

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"見えない戦友がいる"という感覚。

何かしらの"答えがない問い"に対して。
ひとりひとりが、人生の異なる時期に 異なる場で
何かしらの闘いを続けている気がする。

表面では、とてもアクティブに活動しているような人でも。
結婚をしてとても幸せそうな人でも。
"何か"をめぐって葛藤をする場面は、どこかで訪れうる。

だからこそ、
どこかで、見ているものが重なり合うとき。
そんな"いまだ見えていない戦友"に、文章を残しておきたい、と思う。

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なぜ、そうするのか

"答えのない問い"は、人を疲弊させるかもしれない。
けれど同時に、だからこそおもしろい、とも思っていた。

答えがないとは、そのために多様な解釈が生まれ得るからだ。
クリエイティブであり、アート的であり。
あるテーマをじっくり学びながら、ひとつひとつ言葉にして 人へ語っていく。
その過程が自身の血肉となり 日々の小さな成長につながっている、と感じる。

自分の考えを、人に伝え、共感してもらえたとき。
あるいは、100%理解はしてもらえていないけれど、
真剣に聞いてくれているのを理解できたとき。

そんな、対話のひととき。
自分は、多様な解釈を人と共有できる瞬間が好きだ。

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政治学者ハンナ・アーレントは、古代ギリシャの例を遡り「活動(action)」と称する。(「人間の条件」)

ギリシャの古代都市。
広場(アゴラ)で、社会をめぐる問いを議論しあったり、自然の起源を話したり、善い生き方とは何かをめぐって考えたりすること。

ひとつの明確な答えがないからこそ、活発な対話が人の間で行われる。
日常の中での、共同的な言語化の習慣が、そこにはあった。

アナログで曖昧な潜在的意識を、
ロジカルに記号で分節された文字に、単語に、文章にしていく。
そうすると、対話を重ねた人同士 お互いに何か、一歩前へ進んだ感覚になる

社会に対して何の価値観を反映させたいか。
人の生き方について、何を思うか。

さりげないことかもしれない。
しかし、それは、遠い将来のどこかで 積りに積もったとき
"あの瞬間の積み重ねが大事だった"と思える気がする。


組織に入って、"答えのない問い" を、自身の言葉で語ることを忘れたとき。
「年収」「組織のネームバリュー」「地位/役割」「仕事の業績」など、
外部から与えられた要素が、そのまま自身のアイデンティティになるのではないか、と。(「活動(action)」に対しての「労働(labor)」のみの世界)

マスメディアや消費社会の台頭へ、ドイツ・フランクフルト学派*2の一派が危機意識を抱いたのは、このためでもあった。全体主義体制へと、"多様な解釈をしなくなる"社会へとつながったのは、"見えない戦友"との出会い・共感が、果たしづらかったからでもあるのでは、と思ったり。

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かつてはオピニオンリーダーという、専門的かつ権威ある仲介者の存在に、
マスメディアとも合わさって人々の動向は大きく影響を受けていた。
( P・F・ラザースフェルド の two-step flow of communication model)

けれど、特に2010年代以降のSNSの発達によって
ひとりひとりの考えや思いが、いっそう可視化されてきた。
"大きな影響力"を誇る少数の流れから、
"小さな影響力"を誇る星の数ほどの個人化が、その過程でさらに進んできた。

今、自分がこうしてnoteに手をつけるのも、
そんな時代の流れをどこかで意識しながらに、というのもある。

世界も自分も、果てしなく流動化していく中で
自身はどう答えのない問いに向き合い、人と疑問を共有していくのか。

そのためにも、書き続けていこうと思っている。



*2 ... マルクス主義とフロイトの精神分析理論の融合を試みる。1930年代のナチズム・全体主義体制の解明を追究した学派。批判理論(critical theory)で有名。前述のアーレントとも関連している。余談だけど、こうした点で自分は政治学・心理学・社会学の一連の系譜に非常に興味を持つことになった。


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人は、言葉にすることで意識をはっきりさせる。



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