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かんじるまま。 きまま。 なすがまま。

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地球は回っている。空には飛行機が飛び、隕石が落ちてくるかもしれん。町は車やバイク、電車も走る。 自分の周りはいろんなものが動いている。だから、何も起こらない平凡な日は、奇跡の毎日…
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#日記

キリストさんは、いい事いうね。「自分にして欲しいことは、他人にもしなさい」ってね。「愛されたい」と思ったら「愛する」ことから始めればいいだよね。「友達が欲しい」なら「友達になろう」って誘えばいいんだ。何度も繰り返さないと効果がないからそこは努力しなきゃね。求めるより与えるだね。

高校時代にね。「1+1=2」は正しいのかな?って数学の先生に言ったんだ。「おお!いいとこに気づいたね」って褒めてくれるの。「1+1=2」は、人が作ったルール。自然界では通用しないんだ。人+犬=2なんておかしいよね。1年も365日と区切れないしね。先生は言う「結局、妥協なんだ」と。

「君は運がイイかね」松下幸之助は、面接に来た人に尋ねたという。オイラは「自分は運が悪い不幸だ」と常々言っていた。ある時、「自分は不幸でツイてない」という人に出会った。常に不満を言う。「不満ばかり言う奴」はミットモナイ。そう思った瞬間、これは「自分の姿だ」と気づいたね。

高齢ドライバー「パニックになって暴走し死亡させる」こんなニュースがあった。ブレーキではなくアクセルを踏んだかも。パニックになると冷静さを失い問題を大きくしてしまう。悩んでいる人も多いかもしれないね。オススメしたいのが呼吸法。ゆっくり吸って、長めに吐く。15~30秒でも効果がある。

「ライオンゴロシ」怖い名前だね。この果実は鉤爪の形で、ライオンや動物の毛や蹄に絡み付き、この実を取ろうとして ライオンの口に絡み付くと、その痛さのあまり死んじゃったという話がある。百獣の王でさえ無力に思える相手にヤラレちゃうこともあるんだね。この植物は動物に付いて広域に分布する。

「家族は大丈夫?」阪神・淡路大震災の時、とても困ったことがあった。それは、家族、友人、大切な人の安否だ。携帯は、普及しておらず、電話はパンク状態で繋がらない。NTT災害伝言サービス「171(イナイと覚えよう)」使い方は事前に調べておこう。伝言は30秒。家族への打ち合わせも重要だよ

「大地震うちの家、大丈夫??」トルコ大地震で建物がミルフィーユ状に崩れている。日本は、大丈夫??不安になるね。阪神・淡路大震災後、建築法が改正され、耐震対策が義務付けられたんだ。「筋交い」と言って壁に斜め、または✖の形で木を取り付けて倒れにくくなった。地震国だから大事なことだね。

【後編】「人は、悩みと不安を探している」悩み、不安は解決しても次の悩みができる。人生、悩み、不安と共存。でもなんとかしたいよね。個人的にオススメが、悩みをノートに書きだし正体を知る。次は7割主義。完璧に解決することできないなら7割ぐらいで良しとしょう。これが悩みを和らげる。どう?

【中編】「人は、悩みと不安を探している」例えば、補助金20万円貰ったのち税金20万円請求されたらどうだろう?貰うより失う方が強く感情が動く。プラスマイナス・ゼロなのに。損失を避けたいと願う心が、将来に対して不安を育てていく。不安は悩みへと変化していく。問題は起きても無いのにね。

【前編】「人は、悩みと不安を探している」そんなはずはない。そう思うよね。高齢者に、人生いろいろ体験されたので、悩みなんてないでしょ?と聞くと「イヤイヤ、悩みが無くなれば苦労しないよ」と。問題を乗り越えた、その先にまた問題があると語ってくれた。悩み、不安・・どう向き合えばいいの?

面白い本はないか?と聞かれた。ギリシャ神話やインド神話は意外と面白いと薦めた。「ガネーシャ」は母神の垢で創られ、父神に首を切り飛ばされた。それを知った母神が、頭を探してきてと怒り、見つからなかったから象の首を切り、ガネーシャにくっ付けた。頭は象の神となった。へたな小説より面白い。

建国記念の日。「ニホン」か「ニッポン」か?「0(ゼロ)」か「零(レイ)」か?「ニホン、ニッポン」どちらでも良い。「0(ゼロ)」は、全く無い。これは問題のないと思います。だが「零(レイ)」は、わずかにある。例えば零細企業。小資本や小さな企業ですね。日本という国の曖昧さを感じます

マスク緩和、来月13日から個人の判断。マスクからの解放は嬉しい・・だが、マスク美人の現実を見るのは少し怖い。人は想像することで楽しめる生き物だ。小説が映像化されると違和感があったりする。オイラだけではないと思うけどマスク部分だけ日焼けしてなくて白い。化粧すべきか?白塗りすべきか?

山の斜面に生えた曲がった木がある。古くは使われず捨てられていたと言う。ある時から屋根を支える、梁として使われ、強くて美しいと、今では海外から古民家の梁を見に来るほどだ。コレを建築からきた言葉、適材適所という。居場所を見つけられず、無能と思っているのは、自分だけかもしれない。