1844年弘化元年から梅と共に生きる酒蔵の話 「佐藤 杜氏」❷
朝日新聞
女性目線生かした酒造り
創業174年「佐藤酒造店」杜氏
佐藤麻里子さんに聞く
「手に取りたい」後味スッキリ目指す
秩父山地の山あいの越生町にある創業174年の老舗の酒蔵「佐藤酒造店」で、20代の蔵人たちが若い感性で日本酒を醸している。
取り仕切るのは、女性では県内で初めて酒造りの最高責任者の杜氏に就いた佐藤麻里子さんだ。
どんな酒を目指しているのか。
仕込みが始まった秋の1日。酒蔵を訪ねた。
-代々続く酒蔵で育ち、酒造りに携わろうという強い思いがあったのですか-
「大変そうだな」とひとごとでした。
両親から「継いで」という言葉も一切なかった。
蔵の売店を手伝っていた高校時代に、常連のお客さんから言われた「おいしかったよ」のひと言がきっかけでした。うれしくて自然に蔵の仕事に興味を持つように。大学は遠距離通学でしたので。アルバイトはもっぱら家業の手伝い。
試しに酒の仕込みをやらせてもらったところ、麹室に入るたびに麹の表情がどんどん変わって成長する姿に、すっかり魅せられてしまいました。自分で一から酒造りをしてみたいと、大学4年の時に県酒造組合の彩の国酒造り学校に入り、勉強しました。
-酒造りの魅力は-
お酒は生き物。その年の米の出来が酒の出来を左右するのはもちろんですが、同じ米、水、麹を使っても温度や湿度によって全く違う味に。
決して1+1=2にはならない難しさが面白く、
飽きが来ません。
仕込み期間の9月から4月までは休日はなし。
最も気が抜けない麹づくりでは、昼夜区別なく2時間おきに米の膨らみ具合や香りを確かめますが、全く苦になりませんね。
ーかつて酒蔵は「女人禁制」でした。杜氏になって感じたことは-
杜氏をやってみたい、と最初に打ち明けたとき、酒造りは体力勝負の重労働だと身をもって知っている両親は、すぐには賛成してくれなかった。
蔵の老朽化であちこち修繕が必要でしたが、若者の日本酒離れの現状を考えると、なかなか踏み切れなかったようです。
でも四つ下の弟(徳哉さん)が蔵を継ぐ決心をしてくれたことも追い風になり、父は「そこまで言うなら」と、蔵を建て直して設備も一新する決断をしてくれました。
杜氏としてデビューしたのは2014年。
1人の力ではなく、彩の国酒造り学校の元校長で
当蔵の技術顧問の大橋勝先生、南部杜氏の畑福馨さんの助言をいただきながら、最初のお酒造りにこぎ着けました。正直、ちゃんとお酒になるのか不安でした。男性との違いを感じるのは、思い米袋を持てないことぐらい。
女性目線を生かし、どんなお酒だったら若い女性やお酒が得意ではない人に手にとってもらえるかを考えながら酒造りに向き合っています。
ー5シーズン目を迎え、どんな酒を醸したいですか-
女性が手に取りたいと思うような酒です。
くどいとか重いなどという先入観を変えたいと、食事に合わせやすく、後味スッキリした味わいを目指しています。
「まりこのさけ」と名付けたブランドは
瓶はワイン型でサイズは小さめの500mリットル。ラベルも越生梅林の梅の花をモチーフに
シンプルでかわいらしいデザインに、杜氏1年目が「1」翌年は「2」…
と毎年数字を更新して付けています。
毎年の成長、変化を見守ってもらえたら、と願っているのです。
さとう・まりこ
江戸時代末期から続く老舗で「越生梅林」などの銘柄を造る佐藤酒造店6代目の長女として1991年、越生町に生まれる。
大妻女子大を卒業後、家業の酒造りに従事し、
2014年に県内初の女性杜氏に。
趣味は写真撮影とドライブ。
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