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混沌の落胤は水とともに地に満ちて

渋谷区は久方のハロウィンで人の群れが蠢いていた。

拙い仮装の中、精緻な紋様を刻んだ鎧姿は人目を引く。嘲笑と、好奇心と、羨望と、猜疑。それが十人、百人──と増えて行くと、人々の感情は困惑と恐怖に固定されてゆく。

鎧達の左手に提がるのは鐘。
伽藍の中で塊を転がすような、耳障りな音。

心音のように等間隔で、刻限を告げるかのごとく響くソレは喧騒のなかにあって尚耳障りで、聴衆は胸がつかえるような不快感に襲われる。

無頼と人目で分かる徒党の怒声にも、割って入る警官の声にも反応を示さず、鎧を纏うものたちは空を見上げる。汚染物質に遮られた暗黒の彼方に瞬く数多の星を。

供物を薪として燃え盛るかのように光る星は鳴動し、鐘の音は未だ惰眠を貪るかのように無知な人の群れを嘲笑う。風に巻かれたガラクタが転がるような音が鳴り響く。

そして、星は定められた位置に停止し──彼方と此方の眼が合った。

同時に鎧達は抜剣し、落ちてくる空を睨み付けた。


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冠水した渋谷の通りを男が行く。草臥れた外套に革鎧、背に長剣を背負い、左手にはひしゃげたカンテラを。さむざむしく、淡く青に滾る炎はびくびくと蠢く。

文明の産物たるビルは風化し、崩れ、錆び、破壊され、それでも尚、ハロウィンの亡者らを悼む墓石としての役目を全うしていた。

その一つが爆ぜ、粉塵を撒き散らし、まるで産み落とされたかのように、粘液と触手にまみれた四足獣が落下してきた。胴には剣が刺さり、黒血が滴り、水面に落ちて、ゲルのように浮いていた。次いで煙から這い出るのは、鎧を纏った『魔狩りの騎士』。

獣はよろめきながら外套の男へと走る。カンテラの炎は砂鉄のごとく歪に獣を指す。男は長剣を手に、獣を両断した。ゲルのような血が外套に降りかかる。

獣に刺さった剣は水面に落ちて、沈んだ人骨を揺らす。男は鎬を踏みつけ、手にした剣を騎士に突きつけた。

「三年前、ハロウィンで何があった」

≪つづく≫

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