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逆張り!冷笑リンピック

JDC(日本探偵倶楽部)本部ビルが爆破。それは犯罪オリンピック現象の開幕だった…。「ビリオン・キラー」(十億人を殺す者)による全人類殺害計画、九十九邪鬼による九十九十九の殺害予告、謎のテロ組織RISEによる死亡者急増現象、新種の奇病ALIVEの蔓延……。

止まることのない大犯罪の連続。全世界を巻き込む前代未聞の超弩級犯罪に、JDCのメンバーたちも解決に乗り出す……。

清涼院流水『カーニバル』

オリンピックにあまり馴染みがない人生を送ってきたのでオリンピックといえば犯罪オリンピックを思い出してしまうのですが、今日は普通のオリンピックの話です。

運動が得意じゃない陰キャキモオタクなのでオリンピックやワールドカップ、WBCなどで世間が賑わっている間は息を潜めてソシャゲをぽちぽち遊んでたりするわけなんですが、これは単に逆張りをしているわけではありません。(逆張りの気持ちが全くないわけでもないですが…)

僕がこういった世界規模のスポーツ祭典系イベントに対して乗り切れないのは、勝負の勝敗に対して国籍、人種による露骨な分断があるのが嫌だからです。

テレビや世間はどこもかしこも「日本人選手が金メダルを取りました!やったー!」みたいな価値観なんですよね。
いや国籍とか人種とか関係なしに1位になった人を褒め称えるべきやろがい。

選手が自分の家族、友達、知り合いとかなら「がんばれ!」って応援するのもわかるんですが、たまたま国籍や人種が同じってだけで会ったこともない日本人を無条件に味方とみなして相手の外国人選手を敵とするのって、どうなのよ?と思うわけです。

世界中の人たちが国籍や人種に関係なく手を取り合えるのが平和の祭典のあるべき姿じゃないんでしょうか?チーム戦とかで便宜上国別にチーム分けしたりするのはしょうがないかもしれませんが、メダルの数とか勝敗とかに対して国単位で喜んだり勝ち誇ったりする意味が自分には理解できないです。

スーパープレイとかを見て「すごーい」ってなってるだけなら全然いいんですけどね。メダル取った選手を急に持ち上げていい成績取れなかった選手には一切触れないマスコミ、みたいな浅ましい振る舞いがどうしても目についてしまうのでケッ!となってしまう。国籍や人種、男女だけでなく全ての面において人々が平等にあってほしい、というのは理想論ですが、実現は無理でもそういう方向性を目指して現状に疑問を持つべきではないのか?とは常々思います。

当たり前とされている世間の風潮、雰囲気を疑え!それが逆張りオタク道の1歩目でございます。研修生達はメモしておくように。
それではまた次回!解散!

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